最新記事

映画

エイズ闘士の悲しき肖像

病魔に侵されながらもリアリティー番組に出演し、エイズ根絶を訴えたペドロ・サモラの伝記映画が完成

2009年4月22日(水)16時22分
ラミン・セトゥデ(エンターテインメント担当)

リアル 全米でエイズ教育を行い、22年の生涯を駆け抜けたサモラ Courtesy of BMP Films

 アメリカにおけるリアリティー番組の元祖とされるMTVの『リアル・ワールド』に、ペドロ・サモラが出演したのは94年のシーズン3だった。サモラはテレビの連続番組にレギュラー出演した史上初の男性HIV(エイズウイルス)感染者であり、エイズと闘う活動家でもあった。

 気がつけばアメリカで最も有名なエイズ患者となっていたサモラには、当時の大統領ビル・クリントンも励ましの電話を入れたものだ。しかし、自ら出演する『リアル・ワールド』の最終回が放映された翌日に死去。かけがえのないスターを失ったMTVは、なんとかサモラを「よみがえらせたい」と考えたにちがいない。

 そして、ついにサモラは戻ってきた。伝記映画『ペドロ』が作られ、『リアル・ワールド』のシーズン21では出演者たちがその試写会を開くべく奮闘した。番組を映画の宣伝に使ったMTVの商魂には敬意を表するとしても、悲しいかな、肝心の試写会には閑古鳥が鳴いていた。

 無理もない。エイズの治療薬が普及するのに反比例して、感染予防への関心は低下している。テレビに出演する同性愛者は増えているが、エイズやHIVはめったに話題にならない。過去10年ほどの映画で、登場人物がエイズで死ぬ話はほとんどなかった。

 一方、07年にはリアリティー番組『プロジェクト・ランウェイ/NYデザイナーズ・バトル』に出演していたジャック・マッケンロスがエイズによる感染症で緊急入院したが、制作サイドはそれまで彼の病気を伏せていた。そして病名が公表された後、彼が番組に戻ってくることはなかった。

 どうやらみんな、エイズは過去の病と信じたがっているらしい。だが現実から目を背け、耳をふさぐ姿勢は死を招く。現にニューヨーク州保健局の報告によれば、01年から06年の間に30歳未満の男性同性愛者のHIV感染率は33%も上昇している。首都ワシントン住民の3%がHIVに感染しているかエイズを発症しているとの報告もある。事実とすればアフリカ西部よりも深刻な事態だ。

 なのにローマ法王ベネディクト16世は3月半ばにアフリカへ向かう機内で、「コンドームの配布は問題を悪化させるだけだ」と発言し、物議をかもしている。

終わらない殉教者の嘆き

『ペドロ』はそんな風潮に歯止めをかける特効薬となるはずだったが、あまりにお粗末。観客を眠りに誘う以外に効能はなさそうだ。

 幕開けは、サモラが『リアル・ワールド』に送ったオーディションテープの再利用。その後、映画は彼が祖国キューバを捨ててアメリカに渡り、22歳で死去するまでの短い生涯を追う。だがダスティン・ランスブラック(『ミルク』)の脚本は薄っぺらで、インターネット上の情報の寄せ集めの域を出ていない。

 本物のサモラには「リアルさ」があった。ハンサムな青年が視聴者の目の前で無残に痩せこけ、ただの目立ちたがり屋からエイズに関する命がけの啓蒙者へと変貌していったのだ。男性パートナーとの結婚式も放映されたが、男同士のキスをこのとき初めて目撃した若者も多いだろう。 

 議会に対しても精力的にロビー活動を行っていた彼は、93年にこう語っている。「18歳のときから、僕はアメリカ各地でエイズの話をしてきた。当初の怒りは今も覚えている。絶対にあきらめないと自分に誓ったことも。でも、今は自分の病状を心配する時間のほうが長い」

 涙をこらえ、サモラは訴えた。「僕が掲げたエイズ予防の灯火を受け継いでくれる人はいるのだろうか」。悲しいかな、「いる」とは答えられないのが現状だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏インフレは当面2%程度、金利は景気次第=ポ

ビジネス

ECB、動向次第で利下げや利上げに踏み切る=オース

ビジネス

ユーロ圏の成長・インフレリスク、依然大きいが均衡=

ビジネス

アングル:日銀、追加利上げへ慎重に時機探る 為替次
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 8
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 9
    中国、ネット上の「敗北主義」を排除へ ――全国キャン…
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中