最新記事
貿易戦争

米国民がトランプを選んだ以上、貿易相手国は対米依存を脱却するしかない

TRUMP II AND THE ECONOMY

2024年11月12日(火)13時20分
ルノー・フカール(英ランカスター大学経済学講師)
トランプ支持のキャップをかぶったニューヨーク証券取引所のトレーダー

トランプ支持のキャップをかぶったニューヨーク証券取引所のトレーダー ANDREW KELLYーREUTERS

<関税引き上げを訴えて返り咲きを果たしたトランプ。経済政策がどうなるにせよ、世界は「自立」するしかない>

ドナルド・トランプの勝利と、全ての輸入品に高関税を課すという彼の強硬姿勢は、世界経済にとって大きな問題となる。

アメリカは技術大国だ。研究開発費は世界一。過去5年間のノーベル賞受賞者は、アメリカ以外の国の受賞者の合計を上回る。その革新の才と経済的な成功を、世界は羨むしかない。しかし各国が目指すべきなのは、アメリカへの過度な依存を避けることだ。


こうした状況は、民主党候補のカマラ・ハリスが勝利していても大きく変わることはなかった。

トランプが唱える「アメリカ・ファースト」は、実はこれまで超党派で推進されてきた政策だ。少なくとも民主党の大統領だったバラク・オバマが打ち出した「エネルギー独立」政策以降、アメリカは技術的な優位を維持しつつ、労働力の国外流出を防ぐため、もっぱら内向きの政策を掲げてきた。

トランプが前回の任期中に下した主要な選択の1つは、国内の生産者を守るために大半の貿易相手国に高関税を課し、国内消費者に物価上昇をもたらす政策を導入することだった。例えば2018年には、輸入洗濯機の価格が関税により国内製造分に比べて12%高かった。

トランプよりは穏やかだったが、ジョー・バイデン大統領も中国産製品の関税を引き上げた。電気自動車(EV)には最大100%、ソーラーパネルは50%、リチウムイオンEV電池は25%。国内の製造業は保護するが、脱炭素社会の実現へ向けた動きを遅らせる選択だった。

バイデンは対EU関税を停止する一方で、より大きな混乱を招く補助金競争に火を付けた。アメリカのインフレ抑制法には、EVや再生可能エネルギー分野への3690億ドルもの補助金が含まれ、CHIPSおよび科学法では国内の半導体製造に520億ドルの補助金が投じられている。

不干渉主義を貫くトランプ

アメリカの産業政策は内向きかもしれないが、他国に明らかな影響を及ぼしている。中国はここ数十年、主に輸出に基づく経済成長を果たしてきたものの、今は過剰生産という問題に直面し、国内消費の促進と貿易相手国の多様化を図っている。

財政予算に関する縛りが非常に厳しい欧州諸国も、補助金競争に参戦している。成長が鈍化し、産業モデルが大いに疑問視されているドイツは、アメリカの補助金に対抗して、スウェーデンのリチウム電池メーカーのノースボルトに国内製造を続けてほしいがために9億ユーロ(約1470億円)を援助している。

newsweekjp20241112024038-a0ae90909dd52c32ff0e584599fcd35c6b25d76a.jpg

中国・蘇州で輸出を待つ新エネルギー車 COSTFOTOーNURPHOTO/GETTY IMAGES

これだけの予算があるのなら、アフリカ大陸全体で太陽光発電を行うなどの緊急課題も容易に賄えたはずなのだが。その一方で中国は、欧米を追い抜いてアフリカ最大の投資国となり、天然資源の確保に躍起になっている。

ウクライナへの全面侵攻や、それに伴う多数の死者、エネルギー危機といった問題は、バイデンがロシアのウラジーミル・プーチン大統領に侵攻の影響を明確に警告し、紛争前にウクライナに近代的な兵器を供与していれば回避できたかもしれない。

しかし、大きな非があるのは欧州諸国のほうだろう。トランプは前回の任期中、ロシアの天然ガスへの依存が招く戦略的問題についてドイツに警告していた。

進むべき道は明確だ。欧州諸国は中国の過剰生産問題を解決する一助として、中国産のソーラーパネルやEVに対する自国の関税戦争を終結させる交渉を行うこともできる。さらに欧州は、アメリカから記録的な量の液化天然ガス(LNG)を輸入する代わりに、自国のクリーンエネルギー生産量を増やすことで主権をいくらか取り戻すこともできるだろう。中国もウクライナ侵攻の終結に向けて、その巨大な影響力をロシアに行使できるかもしれない。

EUも得意分野にもっと力を入れればいい。貿易協定を締結し、それを世界中で二酸化炭素排出量を削減する手段の1つとして活用することも可能だろう。

これらはEUと中国だけの問題にとどまらない。この数十年、人間の生活の主要な面ではおおむね進歩が見られてきたものの、いま世界は後退しつつある。

飢餓に直面する人々は増え、08〜09年の水準に達している。パレスチナ自治区ガザ、スーダン、ミャンマー、シリア、そして今ではレバノンでも戦禍が続き、民間人の死傷者は2010年以降で最も多い。

Why Economists Hate Trump's Tariff Plan | WSJ

善くも悪くも、トランプ政権が不干渉主義の道から外れる可能性は低い。平和や気候変動、貿易自由化に関する主要なイニシアチブを取るとも考えにくい。

この先アメリカがどうなるのかは、全く不透明だ。第2次トランプ政権は、これまでの10年間の延長にすぎないのか。あるいは法外な関税や、アメリカをこれほどまでの経済大国に押し上げた制度の破壊によって、米経済の重要度は低下するのか。いずれにしても、それはアメリカ国民の選択であり、各国はただ見守るしかない。

その間、世界にできる唯一のことは、過度に依存し合わず、良好な協力関係を築く方法を学ぶことだ。

The Conversation

Renaud Foucart, Senior Lecturer in Economics, Lancaster University Management School, Lancaster University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



ニューズウィーク日本版 日本時代劇の挑戦
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月9日号(12月2日発売)は「日本時代劇の挑戦」特集。『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』 ……世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』/岡田准一 ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


企業経営
ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パートナーコ創設者が見出した「真の成功」の法則
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

米国株式市場=小幅高、利下げ期待で ネトフリの買収
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中