最新記事

自動車

「敵は炭素、内燃機関ではない」 トヨタがこだわる水素エンジンの現実味は

2021年11月19日(金)12時07分

早川氏は自動車業界が現在直面している技術的な選択を、直流送電か交流送電かを巡って争った19世紀後半の「電流戦争」になぞらえる。環境車開発には巨額の投資が必要で、賭けに負けた際の代償は大きい。「結局、今は直流と交流の両方が併存している。多様なアプローチで問題解決にあたることが、まさに今、ヒントになる」。

自動車調査会社カノラマの宮尾健アナリストは、「自動車産業が目指しているのはあくまでもカーボンニュートラルの世の中であり、EVの普及ではない」と指摘。「脱炭素燃料の普及が早ければ、EVブームは終了する可能性がある」と予想する。

大規模な人員削減が政治的に困難な日本では、水素やバイオなど代替燃料の魅力はEVへ完全に移行するより混乱が少ないことだ。日本自動車工業会によると、550万人が国内の自動車産業に従事している。

トヨタ以外にも水素を燃料に発電し、モーターを回して走る燃料電池車の開発に力を入れるメーカーはあるが、内燃機関を活用する水素エンジン技術に意欲的なところは少ない。

EVの弱点、水素の弱み

発電所で作られた電気を使って走るEVは、石炭火力から太陽光まで、各国の電源構成によって全体の温暖化ガス排出削減量が左右される弱点がある。一方の水素エンジンも完全に脱炭素を実現できるわけではない。排出するのは水素と酸素を燃焼させた副産物としての水だが、エンジンオイルが燃焼する際にごくわずかな二酸化炭素も出る。排ガスには微量の窒素酸化物も含まれる。

水素エンジン車には大型のタンクも必要だ。トヨタの水素エンジン車は後部座席やトランクの大部分が水素のタンクで占められ、後部の窓を塞いでいた。

日本政府は脱炭素を目指す電源構成の重要な要素として、水素燃料を支持している。しかし、1カ所約4億円の建設費用がかかる水素ステーションの普及は遅れている。政府は今年3月末までに160カ所の設置を目指していたが、8月末時点でも目標に6カ所届いていない。

IEAは今月出した報告書で「水素は有望な低炭素の輸送燃料としてみられてきたが、輸送燃料の構成の1つとして定着するには難しい状況が続いている」と指摘した。

燃料インフラが十分に整備されたとしても、航続距離、販売価格、維持費などの面でガソリン車やEVと競争できる車両を製造する必要がある。トヨタは水素エンジン車の量産時期はまだ言える段階にないとしている。技術は前進しているものの、市販化するには品質や安全性などまだ確認すべきことが多いという。

香川県からレースを観戦しに訪れていた57歳の男性は、「選択肢がたくさんあることはいいと思う」と話す。「すべてEVになったら、その産業の多くが中国勢に占められてしまう」。

(Tim Kelly、白木真紀 編集:Gerry Doyle、Emelia Sithole-Matarise、久保信博)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2021トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【話題の記事】
・クジラは森林並みに大量の炭素を「除去」していた──米調査
・気候変動による世界初の飢饉が発生か 4年間降雨なく、昆虫で飢えをしのぎ...マダガスカル
・地球はこの20年で、薄暗い星になってきていた──太陽光の反射が低下


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スペイン国防相搭乗機、GPS妨害受ける ロシア飛び

ワールド

米韓、有事の軍作戦統制権移譲巡り進展か 見解共有と

ワールド

中国、「途上国」の地位変更せず WTOの特別待遇放

ワールド

米、数カ月以内に東南アジア諸国と貿易協定締結へ=U
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
2025年9月30日号(9/24発売)

トヨタ、楽天、総合商社、虎屋......名門経営大学院が日本企業を重視する理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 2
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 3
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市場、売上を伸ばす老舗ブランドの戦略は?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    「汚い」「失礼すぎる」飛行機で昼寝から目覚めた女…
  • 6
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 7
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 8
    カーク暗殺をめぐる陰謀論...MAGA派の「内戦」を煽る…
  • 9
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 10
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 1
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 2
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 3
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 6
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で…
  • 7
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...…
  • 8
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 9
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中