最新記事

企業統治

乗っ取り王アイカーンがいい奴に変身?

株主を軽視するデルやアップルといった大企業を制裁する金と勇気があるのはこの男だけ

2013年8月29日(木)16時49分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

相場師 大企業の強欲CEOを相手に荒稼ぎするアイカーン Heidi GutmanーCNBC/Getty Images, Peter WeberーPhotographer's Choice/Getty Images (Crown)

 じりじりと上がっては下がる冴えない株式市場でこの夏、頻繁に名前が浮上する投資家がいる。カール・アイカーンだ。80年代には乗っ取り屋として恐れられた彼は76歳の今、SNSを使いこなし、強欲な経営陣を追い詰めている。

 アイカーンは金持ちで(彼の投資会社の総資産はざっと70億・)、辛辣で頭が切れる。投資家説明会でのお家芸は、株主利益を軽んじる企業統治の構造的欠陥についての長広舌だ。

 そのアイカーンが今年に入り注目度の高い企業買収や経営問題に首を突っ込み、しばしば創業CEOたちとも渡り合って俄然、株を上げている。

 まずは経営不振のパソコンメーカー、デル。創業者兼CEOのマイケル・デルが、MBO(経営陣が参加する買収)で会社を非公開にして再建する計画を提案すると、アイカーンが立ち上がった。デルらが株主に提案している買収価格は安過ぎる、一般株主はだまされていると、MBO反対を呼び掛けたのだ。

 デル側も買収価格を引き上げるなど株主に歩み寄っているが、アイカーンの返答は「デルとの戦争は終結から程遠い」。MBOの是非を問う株主投票は3度も延期され、来月の臨時株主総会での対決が注目されている。

 デルの前には、栄養補助食品メーカー、ハーバライフの経営実態をめぐる論争に乗り込んだ。ヘッジファンドを運営するウィリアム・アックマンがハーバライフのビジネスはねずみ講同然だと公言して空売りを仕掛けると、アイカーンは健全なビジネスモデルだとかみついた。

 さらに同社の株価は安過ぎたとして大量に株式を取得。1月にはビジネス専門チャンネルCNBCの生放送で、後世まで語り草になるであろう罵り合いをアックマンと演じた。

 春から夏にかけての株価は、アイカーンに味方した。他の投資家が追随するにつれて株価は急騰し、アイカーンの儲けは数億・に膨らんだ。負けたアックマンのほうは大損だ。

アップルの株価も急騰

 アイカーンの最大の功績は、8月半ばに発した短いメッセージかもしれない。かつて投資家にもてはやされたアップルの株価は、昨年9月〜今年5月の間に約40%も下落。投資家たちはアップルに、1450億・に達する手元資金を配当か自社株買いで株主に還元するよう求めていた。そうすれば株価回復にも役立つはずだ。

 アップルはそうした声をほとんど無視した。所詮、一般株主の要求がアップルのような大企業に聞き届けられることなどめったにない。だがアイカーンなら話は別だ。

 彼はアップル株を買い、株主として声を上げ始めた。先週、アイカーンはツイッターでこうつぶやいた。「アップルのティム・クックCEOといい話し合いができた。より大規模な自社株買いをすぐ実施すべきだという点についてだ。近くまた話をすることになった」

 このツイートが出る前に475ドルで取引されていたアップル株は、数分で485ドルに急騰し、翌日には7カ月ぶりに500ドルを超えた。アイカーンが圧力をかけているというニュースだけで、アップルの企業価値が220億ドルも増加したのだ。

 今どき140文字でこれほどの影響力を行使できる人間は、アイカーンぐらいのものだろう。

[2013年8月27日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、米株高を好感 ファストリ

ワールド

訂正ブラジル大統領、米50%関税に報復示唆 緊張緩

ワールド

英首相がトランプ氏と会談へ、月内のスコットランド訪

ワールド

米国務省、人員削減計画を近く開始 影響受ける職員に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中