最新記事

社会

欧州に蔓延する自殺という疫病

財政危機の打撃を受けた国々で、不景気と失業、緊縮策に追い詰められて絶望のあまり死を選ぶ人が急増している

2012年8月9日(木)15時34分
バービー・ラッツァ・ナドー(ローマ)

この恨み ローマの橋からつるされた自殺者を模した人形。極右政党による抗議行動(5月11日 Remo Casilli-Reuters

 もう限界だった。1年以上も仕事はないのに、徴税人はしつこく追い掛けてくる。

 5月下旬のある日、マルコ・トゥリーニ(41)はミラノ近郊の自宅アパートで4歳の息子と生後14カ月の娘を抱え上げ、6階の窓から投げ落とした。妻も投げ落とそうとしたが、妻は逃げた。最後は自分が飛び降りた。彼は即死だったが、幼子2人はしばらく息があったという。

 悲惨な話だ。しかし似たような悲劇はイタリア各地で、今も繰り返されている。
5月10日の午後、ナポリ郊外に住む実業家のアルカンジェロ・アルピノ(63)は『ロザリオの聖母』で有名なポンペイの聖堂に行き、聖画の前にひざまずいた。それから駐車場に戻り、銃で自分の頭を撃ち抜いた。

 彼のポケットには、3通の封書があった。1通は妻子のために聖母の加護を願うもの。2通目は自分の経営する建築会社の困難な状況を説明したメモ。3通目はイタリアの徴税公社エクイタリア宛てで、脅迫まがいの督促と容赦ない追徴課税を非難する内容だった。

「あまりにも多くの人にとって今は生きづらい時代だ」と、ポンペイのクラウディオ・ダレッシオ市長は語る。「芝生に残る血痕は、この町とこの国の痛みの象徴だ。彼を死なせた責任は誰かにある。中央政府と地方政府が彼を死に追いやった」

 3月末にはジュゼッペ・カンパニエーロという男性が、追徴税額を2倍にするという最終通告を受け取った後、ボローニャのエクイタリア事務所前で焼身自殺を図った。救助されたが重度のやけどで9日後に絶命した。夫は一度も税金の話をしなかったと、妻のティツィアナ・マローネは言う。たぶん、それが男のプライドだったのだろう。

 カンパニエーロの遺書は痛ましい。「愛する人よ、私はここで泣いている。今朝、私は少し早く家を出た。君を起こして、さよならを言いたかったが、君はとてもよく眠っていたので起こすのをやめた。今日はひどい日になる。みんな、どうか許してくれ......みんなに最後のキスを。君を愛してる。ジュゼッペより」

 トゥリーニやアルピノ、カンパニエーロのように、年初来の緊縮策で追い詰められたとみられる人たちの自殺や死亡例は既に80件を超えている。

平均すると1日に1人

 カンパニエーロの妻マローネは夫を自殺で亡くした妻たちのグループを作った。メディアは彼女たちを「白い未亡人」と呼ぶ。ボローニャでのデモ行進のとき、カンパニエーロがわが身を燃やした炎で焦げた歩道から出発した一行が、人生への「降伏」を象徴する白旗を振って歩いたからだ。参加者の多くは夫の遺書を携えていた。

 マローネは首都ローマや貧しい南部の町でもデモ行進を企画している。「家族を養うことができなくて夫が命を絶った。この心の痛みは永遠に癒えない」と、マローネは本誌に語った。「そんなふうに人生を終わらせるまでに、どれほどの絶望に耐えてきたのか。私には考えることさえできない」

 自殺者の遺族ネットワークを築き、この国に新たな貧困層が生まれつつある事実に目を向けさせることが彼女の願いだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中