最新記事

アメリカ

次のシリコンバレーはモルモン教の聖地

ベンチャー誘致で大成功を収めるユタ州の意外な強みは、モルモン教徒が多い保守的な土地柄

2011年1月31日(月)12時58分
トニー・ダコプル

知られざる魅力 物価が安くて税率も低く、豊かな自然に恵まれたユタ州は企業にとって理想的な環境だ Rick Wilking-Reuters

 景気の悪いこのご時世、どんな仕事でもないよりはましと思っても、どうにも気がめいってしまう仕事がある。例えば地元への企業誘致だ。

 アメリカの場合、どの州にも経済開発公社(EDC)があって、それぞれに知恵を絞って誘致合戦を繰り広げている。しかし08年秋のリーマン・ショック以後は大苦戦、なかなか成果が挙がらない。

 そんななか人気を博しているのが、西部のユタ州だ。同州EDCのジェフリー・エドワーズ代表の奮闘もあって、新規の企業誘致件数はこの1年で約40件、流入資本は20億ドル弱と記録的なペースを記録。おかげでこの5年間は、平均3・5%の成長を維持している。エネルギー資源に富むノースダコタ州を除けば、全米一の成長率だ。「景気のサイクルに逆行しているようだ。こんなに忙しかったことはない」。エドワーズはうれしい悲鳴を上げる。

 それにしても、なぜユタ州? モルモン教徒の開拓者が築いたこの州は宗教色が強いことで有名だ。人口の93%は白人で、60%はモルモン教徒。当然、保守的な土地柄だ。ゲイの結婚はご法度だし、女性の社会進出にさえいまだに根強い抵抗がある。進取の気性に富んでいるとはとても言えず、ベンチャー企業の育成には不向きに思える。

 しかし実際は逆だ。州都ソルトレークシティーを中心に、北はオグデンから南はプロボに至る120キロほどの一帯には、eベイやツイッター、オラクルの巨大な新しいデータセンターがあり、ディズニー・インタラクティブとEAスポーツのしゃれた新社屋が立つ。2010年10月には、アドビシステムズのソフトウエア開発センターの誘致も決まった。完成すれば、平均年収6万ドル以上のスタッフ1000人が働くことになる。

布教がセールス経験に?

 地元のハイテク企業も次々に育っている。ユタ大学は学内で生まれた特許技術による起業件数では、今や名門マサチューセッツ工科大学(MIT)と肩を並べる。大学発ベンチャーの数は05年以降だけで80社余りに上る。
 
 ビジネス誌インクによれば、ブリガム・ヤング大学のあるプロボは急成長企業の数が人口1人当たりでは全米最多だ。ユタ州の魅力に「われわれは気付き始めたところだ」と、投資会社セコイア・キャピタルのマイケル・ゴグエンは言う。

 ソルトレークシティーのEDC本部では、窓から真っ青な空と雪を頂いた山々が見える。ここで代表のエドワーズが繰り出す売り文句には説得力がある。安い電力、低い税率、フォーブス誌などが選ぶ「企業に好まれる都市」の常連であること等々。

 モルモン教の戒律はアルコールもコーヒーも禁じているが、外部から来た人はナイトライフを楽しめる。エドワーズはそれを証明するため、いつも視察団をバーに案内する。

 さらにユタ州の売りはワシントン州より物価が安く、テキサス州より涼しく、コロラド州と同様にアウトドアスポーツが楽しめること。そして何といっても、リベラルなカリフォルニア州との違いにある。

 保守的なモルモン教徒が多いことは、企業誘致では最大の難点になりかねないが、大きな強みにもなる。ユタ州の住民は、企業経営者にとって願ってもない人材だ。健康で勤勉だし、出生率は全米一高いから、労働力の調達に不安はない。

 多くのモルモン教徒は青年時代に2年間、外国で布教活動を行う。つまり、慣れない環境でのセールス経験があるということだ。他の州がユタ州の成功を見習おうとしても、この点はちょっとまねできない。もちろん、州内にモルモン協会を誘致すると言えば、喜んで協力してくれるだろうが。

[2010年12月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ノーベル生理学・医学賞、マイクロRNA発見のアンブ

ワールド

駐米ロシア大使、任期満了し帰国 後任指名するとクレ

ワールド

ヒズボラ、イスラエル第3の都市に初のミサイル攻撃 

ビジネス

賃上げ「継続必要」の認識広がる、消費も下支え=日銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大谷の偉業
特集:大谷の偉業
2024年10月 8日号(10/ 1発売)

ドジャース地区優勝と初の「50-50」を達成した大谷翔平をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    キャサリン妃がこれまでに着用を許された、4つのティアラが織りなす「感傷的な物語」
  • 2
    借金と少子高齢化と買い控え......「デフレ三重苦」の中国が世界から見捨てられる
  • 3
    2匹の巨大ヘビが激しく闘う様子を撮影...意外な「決闘」方法に「現実はこう」「想像と違う」の声
  • 4
    新NISAで人気「オルカン」の、実は高いリスク。投資…
  • 5
    キャサリン妃も着用したティアラをソフィー妃も...「…
  • 6
    「核兵器を除く世界最強の爆弾」 ハルキウ州での「巨…
  • 7
    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…
  • 8
    常勝軍団の家族秘話...大谷翔平のチームメイトたちが…
  • 9
    羽生結弦がいま「能登に伝えたい」思い...被災地支援…
  • 10
    もう「あの頃」に戻れない? 英ウィリアム皇太子とヘ…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はどこに
  • 3
    キャサリン妃がこれまでに着用を許された、4つのティアラが織りなす「感傷的な物語」
  • 4
    借金と少子高齢化と買い控え......「デフレ三重苦」…
  • 5
    アラスカ上空でロシア軍機がF16の後方死角からパッシ…
  • 6
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 7
    【独占インタビュー】ロバーツ監督が目撃、大谷翔平…
  • 8
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 9
    NewJeansミンジが涙目 夢をかなえた彼女を待ってい…
  • 10
    羽生結弦がいま「能登に伝えたい」思い...被災地支援…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 3
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 4
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 5
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 6
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 7
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 8
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 9
    エコ意識が高過ぎ?...キャサリン妃の「予想外ファッ…
  • 10
    キャサリン妃の「外交ファッション」は圧倒的存在感.…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中