最新記事

世界経済

金融の「衝撃と畏怖」作戦を実施せよ

量的緩和は近隣窮乏化政策ではなく他国も潤う政策だ。むしろ思い切りが悪すぎる

2010年10月14日(木)17時56分
バリー・アイケングリーン(カリフォルニア大学バークレー校・経済学教授)

不信の渦 日米英の量的緩和が他国の経済を傷つけているという誤解が広がっている(4月23日のG20) Jonathan Ernst-Reuters

 第一次世界大戦の引き金を引いたのは、ちょっとした不注意だったとよく言われる。新興国と既存の大国の権力闘争の結果ではなく、多くの誤解が重なった末に戦争が勃発したというわけだ。
 
 いま世界を一触即発の状態にしているのはバルカン情勢ではなく通貨問題。だが、誤解が報復を呼び、危機がますますエスカレートするという危険な構造は、基本的に当時と同じだ。

 ブラジル財務相は9月末に「国際通貨戦争」が始まったと語ったが、そうした発言の背景には、今の通貨情勢は誰かが勝てば別の誰かが負けるゼロサムゲームだ、という誤解がある。

 誤解の色眼鏡を通して世界を見ると、まず日本銀行が円売り介入し、他国の経済に打撃を与えたということになる。政府の緊縮財政策で国内需要が冷え込んでいるイギリスでも、中央銀行であるイングランド銀行がポンド安を歓迎しており、近隣諸国には迷惑な話だという。さらに、米FRB(連邦準備理事会)は日銀を苛立たせるにもかかわらず、市場がドル安に触れるのを容認しているとされる。

 また、中国人民銀行(中央銀行)は人民元安を維持する介入を続けており、ブラジルやインド、韓国などの新興市場も、他国に対抗して自国通貨を安くする政策を取らざるを得ない。そうしなければ、自国の製造業が衰退してしまうから、ということらしい。

 その一方で、通貨競争力を最も必要としているヨーロッパは正反対の対応を取り、ユーロ高に甘んじているといわれる

 こうした考え方は、いくつもの危険な誤解に基づいている。第一の誤解は、日銀とFRB、イングランド銀行の政策によって他国の経済が犠牲になるという考え方だ。

時代遅れのインフレ対策に追われる欧州

 日銀の対応を見れば明らかなように、3つのケースはいずれも為替レートの操作ではなく、いわゆる量的緩和政策だ。日銀はまず9月15日に穏やかな為替介入を行った後、10月5日には国債やコマーシャルペーパー(CP)、社債、上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(REIT)など多様な資産を5兆円規模で購入すると発表した。イングランド銀行も量的緩和を継続すると率直に認めており、FRBも徐々に同じ方向に向かっている。

 デフレが再び進行し、幸か不幸か財政政策がないに等しい今の世界においては、こうした量的緩和こそ必要な政策だ。これは、自国の輸出を増やして相手国の経済に打撃を与える近隣窮乏化政策とは違う。むしろ、他国に恩恵を与える政策だ。
 第2の誤解は、日英米以外の国の中央銀行が、過去の常識にとらわれている点にある。

 いまヨーロッパを脅かしている危機はデフレだが、欧州中央銀行(ECB)はかつて問題だったインフレ対策に躍起になっている。世界中で成長が鈍化しているというのに、ECBはそろそろ特別融資枠を縮小し、金利も上げる頃合いだと考えている。信じがたい話だ。

 2007年に、先進国と新興国の経済は別物で、欧米の成長が鈍化しても新興国はあまり影響を受けないという「デカップリング論」が唱えられたことがあった。だが、実際は違った。もしECBが、欧州経済が他国の影響を受けずにいられると信じているとしたら、厳しい試練を経て自分の間違いを思い知ることになるだろう。他国の量的緩和政策を受けてユーロ高が進み、欧州経済が崩壊したら、その責任はECBにある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪、重要産業に10億豪ドル無利子融資提供へ 燃料高

ビジネス

投資ファンドの3D、カシオ計算機株を大量保有 5.

ビジネス

日経平均は大幅反落、トランプ氏演説で失望感 原油高

ビジネス

ユニクロ、3月国内既存店売上高は前年比9.2%増 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イラン恐怖」の正体
  • 3
    中国がイラン戦争最大の被害者? 習近平の誤った経済政策と石油危機が奏でる「最悪なハーモニー」
  • 4
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 5
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 6
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 7
    北京に代わる新都市構想は絵に描いた餅のまま...大幅…
  • 8
    カンヌ映画祭最高賞『シンプル・アクシデント』独占…
  • 9
    「え、なんで?」フライト中に操縦席の窓が覆われて…
  • 10
    初の女性カンタベリー大主教が就任...ウィリアム皇太…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 3
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 9
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 10
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中