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米経済

アメリカを敗者にしたオバマノミクス

中流層の失業や所得低迷に手を打たないと今後もアメリカ経済は他国に立ち遅れ続ける

2010年10月6日(水)15時40分
エリオット・スピッツァー(前ニューヨーク州知事)

消えない不安 2年前の大惨事は乗り切ったが(ベン・バーナンキFRB議長) Jim Young-Reuters

 アメリカも日本のような「失われた10年」に突入しつつあるという不安はある意味で的外れだ。実はアメリカでは既に10年が失われた。00年から10年までのことだ。

 確かに直近の2年には、それ以前の8年間に起きた悪いニュースが吹き飛んでしまうほどの歴史的激変が起きた。アメリカは崩壊した経済を回復させるための優れた政策を取ったが、根深くてより厄介な危機は放置した。つまり目の前の大惨事には対応したが、10年にわたる長期的傾向には目をつぶってきた。この長期的傾向こそが国民の不安を引き起こしている。

 アメリカは巨額の公的資金を金融機関につぎ込み、業界を政府保証付きの「大き過ぎてつぶせない」数社に統合させた。だが中流層の失業や所得の低迷、それに伴う生活の不安定化にはほとんど手を打ってこなかった。これは08年よりずっと前から続いてきた問題だ。文末の表の数字は、中流層の不安を象徴している。

 バラク・オバマ大統領は長期的傾向を変えるために構造改革を実行しようともがいているが、しびれを切らした国民には遅々とした変化の影響が実感できていない。

 オバマが誇るいくつかの法案成立も、国民の不安の根本的な原因には届かない。医療保険制度改革法には、既往症を理由にした加入拒否を禁じる項目など重要な条項が含まれているが、この法律で人生が変わった人はほとんどいない。金融規制改革法も、国民の大半にとっては単なる言葉遊びでしかない。大手金融機関ではパーティーのシャンパンのようにボーナスが大盤振る舞いされているからだ。

 オバマは環境政策やテクノロジーを強化することで製造業を回復させる構想を掲げている。これは考え得る中で恐らく最良の構想だろう。その前提となるのは、アメリカ人に世界的な競争力を持たせるための人的資源とインフラへの投資、そして公正な取引を可能にする通貨の再調整だ。

ティーパーティーの台頭を招いた

 例えば、教育改革を実行した州政府に助成金を支給する「トップへの競争」プロジェクトは予算規模こそ比較的少ないが、教育行政の優先順位を根本的に変えるための第一歩になっている。代替エネルギー促進を目指すエネルギー省の取り組みは本物だが、規模はまだ小さい。

 一方でオバマ政権は最も重要な3つの政策に着手すらしていない。炭素税を導入する代わりに(雇用主が負担する)給与税を大幅減税し、それによって雇用を刺激すること。米国市場への参入を容易にする代わりに中国政府から人民元切り上げの合意を取り付けること。国産の電気自動車用の研究開発やインフラ整備に政府が多額の投資を行う一方で、自動車の燃費効率規制を大幅に強化することだ。

 これらの政策に着手しなければ、今後もアメリカは経済面で他国より、中流層は富裕層よりそれぞれ不利になり続けるだろう。

 この2つの長期的傾向が生んだ国民の不安が、サラ・ペイリン前アラスカ州知事や保守派の草の根運動「ティーパーティー」の台頭を招いた。もっとも、ペイリンらの大衆迎合的な言葉の裏には、むき出しの市場原理信仰が隠れている。経済的格差や所得低迷や失業を悪化させかねない考え方だ。

 大いなる皮肉は、過去数十年の経済グローバル化によって世界中で何億もの人々が貧困から脱し、多くの人々の生活水準が劇的に上向いたこと。アメリカにとって困るのは、これまでのところアメリカ以外の国が経済的な勝者になっていることだ。反オバマ派の「怒りの政治」は短期的には魅力的かもしれないが、結局この国を後退させる効果しか持たない。


(表)アメリカの「失われた10年」

■世帯所得の中間値
2000年:6万3430ドル
2008年:6万1524ドル

■労働力人口の割合
2000年:67.1%
2010年:65.3%

■失業率
2000年:4.0%
2010年:9.6%

■貧困率
2000年:12.4%
2008年:13.2%

■貿易赤字額
2000年
(上半期):1800億ドル
2010年
(上半期):2470億ドル

■対中貿易赤字額
2000年
(上半期):440億ドル
2010年
(上半期):1190億ドル

■人口上位1%が保有する
資産の割合
2001年:39.7%
2007年:42.7%

Slate.com特約)

[2010年9月15日号掲載]

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