最新記事

腐敗

ロシアを見捨てる起業家世代

2010年10月5日(火)15時00分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

 パストゥホフは、07年にこうした手口を目の当たりにした。顧問をしていたエルミタージュ・キャピタル・マネジメントが警察の捜査を受けたからだ。その直後に、オーナーの名義が勝手に書き換えられ、新たにオーナーとなった犯罪者一味は2億3000万ドル相当の税の還付金を詐取した。元のオーナーが裁判所に不服を申し立てると、警察は逮捕という形で報復した。

 パストゥホフ自身も起訴された。理由は、元オーナーの代理人として不服を申し立てたのは違法だという理不尽なもの。「私は憲法裁判所の裁判長の顧問だが、今のロシアでは当局ににらまれたら最後、どんな肩書も役に立たない」。だからパストゥホフも、さっさとロンドンに逃れた。

 裁判所に不服を申し立てる実業家はほとんどいない。ロシアの裁判所が保釈を認めることはめったになく、99・5%の確率で有罪判決を下す。

野党を支援すると危ない

 多くの亡命者はロンドンを目指す。イギリスは政治絡みで失脚したロシアの財界人を受け入れ、ロシア政府の身柄引き渡し要求をはねつけてきたからだ。プーチンと対立し、01年にロシアを追われた巨大メディアグループの総帥ボリス・ベレゾフスキーもイギリスに逃れた。

 警察の手入れは、たいてい政治絡みだ。狙われやすいのは、経営者が野党系の会社。チチバルキンも、08年末に自由民主主義政党の「右派活動」に入党した後に目を付けられた。反プーチンで改革派の旗手ボリス・ネムツォフに献金していた3人の実業家も、それぞれイスラエル、ロンドン、アメリカに亡命を余儀なくされた。

 プーチン支配下では大企業の受難が続くと、ネムツォフは言う。「残された道は1つ。国外に出て、政権が代わるのを待つしかない」

 犯罪者でさえ、当局の資産乗っ取りを恐れている。「今のロシアでは、財産のある人間は安心して暮らせない」と言うのは、弁護士のアレクサンドル・ドゥブロビンスキー。彼の依頼人で化粧品小売業「アルバート・プレスティージ」のオーナーだったウラジーミル・ネクラソフは、会社を売り渡せという警察の要求を拒否したため、08年に会社を乗っ取られ、逮捕された。

 こうした理不尽な慣行がロシア経済を荒廃させていることは言うまでもない。ロシアの通貨ルーブルを支持するという意思表示のため、モスクワのオフィスの床にユーロ紙幣を敷き詰めたという武勇伝を持つチチバルキンですら、もはや祖国に見切りをつけている。「僕が見たのは、腐敗という氷山の一角にすぎない。今やそれがロシアの発展を阻む大きな障害物になっている」

 プーチンの後を継いだドミトリー・メドベージェフ大統領は、こうした批判に理解を示す。当局の腐敗について報告を受けたメドベージェフは昨年、政府職員による「企業への脅迫行為」を戒め、この国に蔓延する「法律無視の風潮」を厳しく批判している。

 メドベージェフはまた、経済犯に恩赦を与える法律も制定した。だが、いまだにプーチンが首相として居座り権力を振るっている今のロシア政府では、メドベージェフがいくら腐敗を糾弾しても官僚は聞く耳を持たない。

 このままでは、ロシアもイランやキューバや北朝鮮のような人材流出大国になりかねない。亡命世代が戻ってこなければ、プーチンがいくら熱弁を振るっても、「偉大なロシア」構想は実現できないのだが。

[2010年9月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、アマゾン・オ

ワールド

ウクライナ東部の要衝ポクロウシクの攻防続く、ロシア

ワールド

クック理事、FRBで働くことは「生涯の栄誉」 職務

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、FRB12月の追加利下げに
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中