EUを揺さぶる東欧クライシス
東欧危機はまさに最悪のタイミングで起きた。ヨーロッパはアメリカ同様、今もサブプライム危機の影響から抜け出せていない。ヨーロッパの銀行はアメリカ発の「トキシック・ペーパー(有毒証書)」の40%を購入したが、損失処理や資本増強はアメリカより遅れている。またアメリカの銀行より借金への依存率が高いため、損失処理や事業再編にはアメリカ以上の痛みと時間を要するだろう。
さらにヨーロッパの銀行は、新興国向けのハイリスク・ハイリターンな融資がアメリカの銀行より多い。住宅ローンだけでなく、企業向けや消費者向けの融資もある。国際決済銀行(BIS)によれば、新興国が世界中から借りた4兆6000ドルのうち73%はヨーロッパの銀行による融資。アメリカは10%、日本は5%だ。
当然、最大の新興国リスクに直面しているのはEUの銀行である。欧州復興開発銀行は、東欧向け融資は最悪で20%ほど債務不履行に陥る可能性があるとする。最も危険なのはバルト3国とルーマニア、ウクライナだという。
ダンスク銀行(デンマーク)のアナリスト、ラース・クリステンセンによると、西欧の銀行は1000億〜3000億ドル規模の不良債権処理が必要で、そのうち最も打撃を受けるのはオーストリアだ。同国の銀行はGDP(国内総生産)の60%にあたる2840億ドルを東欧に貸し付けている。
保護主義に走る西欧諸国
貸しすぎているのはオーストリアやスウェーデン、ベルギーといった国々の銀行だが、その痛みは景気後退の進行でヨーロッパ全土に広がるだろう。英調査会社キャピタルエコノミクスは、EUの09年の経済成長率をマイナス3%と予測(アメリカはマイナス2%)。東欧ではマイナス10%以下の国もいくつかありそうだという。
さらに通貨急落による購買力低下もあって、東欧向けの輸出が多い西欧諸国は大打撃を受けるだろう。たとえばドイツは07年の輸出の16%が東欧向けで、同国GDPの6%に相当する額だった。
EUの西側諸国は厳しい選択を迫られている。保護主義に走って危機を悪化させるか。それとも東西間の貿易と資本の流れを維持したうえで、危機に瀕した国々を救済するか。今のところ西欧は事態を悪化させるほうを選んでいる。
西欧の首脳は表向きには保護主義は解決策ではないと主張している。だがイギリスやギリシャなどの財政当局は銀行に対し、貸し出しは国内に限定し、公的資金は東欧の子会社には回さないよう指示した。このため現地では必要な資本が確保しづらくなった。東欧の多くの銀行は株式の80〜90%が西欧の銀行に所有されているためだ。
フランスのニコラ・サルコジ大統領の発言も東欧を震え上がらせた。彼は仏自動車メーカー2社に対し、公的資金60億ユーロは国内工場の操業維持に使い、チェコの工場は閉鎖するよう求めたのだ。欧州委員会のネーリ・クルス競争政策担当委員は2月25日、こうした条件はEU単一市場の原則に反していると批判。だが仏政府は、法的な義務がなくても企業の「道義的責任」は残ると反論した。つまり、チェコの工場を閉鎖しなければ追加支援はしないということだ。
もし企業救済による保護主義と単一市場の亀裂をいとわないサルコジのような考えが広まれば、西欧を通じて世界経済につながろうとした東欧の経済発展モデルは崩壊する可能性が高い。
市場閉鎖や資本移動の遮断は、結局は西欧にはね返ってくる。輸出の激減や債務不履行が起きるだけでなく、困窮したルーマニアやブルガリア、ウクライナなどから新たな移民が押し寄せるからだ。