最新記事

子供たちの叫びを聞け

3.11 日本の試練

日本を襲った未曾有の大災害を
本誌はどう報じたのか

2011.06.09

ニューストピックス

子供たちの叫びを聞け

「子供だから大丈夫」は幻想にすぎない。心に受けた大きな傷は重症化前に対処することが必要だ

2011年6月9日(木)09時53分
小暮聡子(本誌記者)

 子供たちが、泣いている。誰にも知られず、心の中で声を殺して──これが先週、避難所となっている宮城県石巻市の中学校の体育館に足を踏み入れたときの印象だ。体育館入り口のすぐそばでは、10人ほどの児童がテレビを囲んでいた。人気アニメだというが、子供たちからは笑い声も歓声も聞こえてこない。

 報道で被災地の高齢者や患者の窮状は伝えられているが、子供たちの心の声はどうか。避難所で元気そうに遊ぶ児童の様子などが伝えられることはあるが、本当に心の底から笑っているのだろうか。子供は大人と違って、苦しみや要求をうまく表現できない。大人たちがライフラインの確保に奮闘する避難所では、子供へのケアは後回しにされがちだという現実もある。

 だが、子供が「無邪気だから大丈夫」というのは幻想にすぎない。約5000人の死者・行方不明者が出た石巻市では、巨大な津波が自分に向かって押し寄せてくる瞬間を目の当たりにした子供も多い。こうした恐怖を小さな体で生き延び、救出されたかと思えば、家も学校もなくなって友達とは離れ離れ。大人たちに囲まれた窮屈な避難所生活がスタートすると、いつものように話をするだけで親から「静かに」とたしなめられる。

 石巻市立蛇田中学校に避難している岩倉侑(8)が通っていた小学校は、校舎が津波に襲われ、火事で全焼。母親の朋子(38)は地震当日、仙台市にいた。侑から1週間後に「ママは地震のときどうしてたの? もっと教えて」とせがまれるようになったという。「あの体験が自分だけじゃなかったんだと、確認したいのだと思う」と朋子は言う。妹の知世(5)も、口数が少なくなった。「子供は何も言わないけど、我慢している。我慢していると訴えないことが心配だ」

孤児の実態も分からない

 不安を訴える相手がいない子供もいる。被災で両親を亡くした孤児たちだ。早朝に起きた阪神淡路大震災では68人の孤児が報告されたが、今回の地震は親子が別々にいることが多い時間に起きたため、さらに多くの孤児が発生すると思われる。

 だが津波被害が激しかった地域の自治体は、どの子供がどの避難所にいるのかさえ把握し切れていない。本来は教員が児童・生徒の家族の状況まで確認すべきだが、彼ら自身が被災者で移動や連絡手段が絶たれている。被災者が避難所を転々とするなか、その足取りまでは追うこともできない。先週、厚生労働省が孤児の調査に乗り出したものの、宮城県子育て支援課長の佐藤宗幸は「情報はほとんど集まっていない」と言う。

 子供たちが元気そうに振る舞っていても、それは心の傷から目を背けようとしているのかもしれない。小学3年生の宮下奈月(9)は、名取市内の避難所でケラケラと笑い、一見ずばぬけて明るく見えたが、まだ母親の久実(38)が見つかっていない。両親は離婚し、祖母ときょうだいと暮らす母子家庭だ。祖母の宮下ヨシ子(67)は、奈月が「お母さんのことは言わないで」と言いながら、「いつもよりはしゃいでいる」と言う。

 子供がはしゃぐというのは阪神淡路大震災でも見られた例だと、先週、被災地を訪れた兵庫県教育委員会の近都勝豊は言う。近都は子供の反応はいろいろだとしながらも、「数年後とか、かなり後になって傷が表面化することも十分あり得る」と語る。

 心の傷が悪化する前に、一刻も早く学校を再開して子供を日常的な空間に戻さなければならない。だが学校自体が壊滅し、教員自身が避難生活を送るなか、再開の道筋さえ描けない学校もある。
こうしている今も、子供がどこかで人知れず泣いているかもしれない。

[2011年4月 6日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中