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ユーロの夢が終わる日

ソブリンリスク危機

アメリカや日本にも忍び寄る
ギリシャ型「政府債務信用不安」の実相

2010.07.05

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ユーロの夢が終わる日

ギリシャの財政危機と暴動は、もっと大きな危機の序章にすぎない。第2幕では統一通貨が消滅する可能性もある

2010年7月5日(月)12時02分
ニーアル・ファーガソン(ハーバード大学歴史学部教授)

 英語には古代アテネの人々から拝借した単語が多く含まれている。危機という意味の「crisis」もその1つ。語源は「病気の分岐点」を意味するギリシャ語の「krisis」だ。

 そして今、古代ギリシャの子孫たちは「危機」の本当の意味を私たちに見せつけようとしている。そろそろ「景気回復」という言葉を使ってもいい──そう考え始めたところで火を噴いたギリシャの財政危機は、世界経済に暗い影を投げ掛け、世界第2の通貨ユーロの存在自体を脅かしている。

 ほんの10年前まで、EU(欧州連合)の単一通貨ユーロと経済通貨同盟(EMU)は素晴らしいアイデアに思えた。EUは既に共通の法制度を持つ政治体としても貿易ブロックとしても、驚異的なレベルの統合を成し遂げていた。

 EMUはいいことずくめの制度に見えた。1970年代に固定相場制が崩壊して以来、ヨーロッパ大陸諸国を苦しめてきた為替の変動リスクから、これで永遠に解放されるはずだった。旅行者や企業を悩ませる通貨の交換も不要になり、域内貿易の流れがスムーズになると期待された。

 単一通貨の導入は「おいしい取引」にも思えた。過剰な公的債務にあえいでいた国も、これでドイツのように低インフレ・低金利の恩恵を受けられるという見方が広まった。そのドイツも、強過ぎる自国通貨のマルクよりも少しだけ弱くなるユーロが、輸出の追い風になってくれることをひそかに期待した。

 EMUには地政学的なメリットもあった。フランスは90年のドイツ統一後、ヨーロッパが再び強大なドイツの支配下に置かれることを懸念していた。だがドイツの通貨主権をEMUに移譲させれば、他のヨーロッパ諸国の力が強まり、「第4帝国」の台頭を抑えられる。何よりユーロの導入によって、ドルに対抗できるもう1つの準備通貨が手に入る。

 それでも当時のジャック・ドロール欧州委員会委員長が初めて通貨統合を提案したときは、野心的過ぎるプロジェクトに思えた。92年のマーストリヒト条約(欧州連合条約)でEMUがEUを支える第3の柱に位置付けられた際にも、懐疑的な経済学者は私自身を含めて何人もいた。

 EMUの原加盟11カ国が本当に「最適な通貨圏」なのか、どう考えてもはっきりしなかった。単一の通貨政策は、生産性の高いドイツと周辺諸国との根本的な差を埋めるどころか、むしろ増幅する危険性のほうが大きかった。

 さらに、私たち懐疑派がEMUの最大の欠陥として取り上げたのは、EU諸国の通貨を統合しただけで、各国の財政政策はバラバラのまま放置するという仕組みだ。

 確かにEU諸国はEMU参加の条件として、単年度の財政赤字をGDP(国内総生産)の3%以下、累積の公的債務残高を同60%以下に抑えるという条件を課せられている。この基準は96年の安定成長協定で恒久的な財政ルールとして採用されたが、それを強制的に守らせる手段は定められていない。

始まった死のスパイラル

 この点はイギリスがEMUへの参加を見送った理由の1つでもある。イギリスの中央銀行であるイングランド銀行は98年に回覧された秘密文書の中で、もしある国(この文書では「I国」とだけ表現されている)の財政赤字がEMUの参加基準をはるかに超えて膨れ上がった場合、途方もない大混乱が起きると警告している。

 問題は制度の不備にある。単一通貨の導入をにらんで設立された欧州中央銀行(ECB)には、このような過剰債務国を救済するために当該国政府への直接融資を行う権限を与えられていない。だが一方で、「I国」がEMUから脱退するための仕組みも用意されていないのだ。

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