最新記事

忍び寄る「次の災害」の脅威

ウラ読み国際情勢ゼミ

本誌特集「国際情勢『超』入門」が
さらによくわかる基礎知識

2010.04.19

ニューストピックス

忍び寄る「次の災害」の脅威

空前の被害が、環境と貧困の関係に着目した開発計画の行く手を阻む

2010年4月19日(月)12時02分
ジェニーン・インターランディ

 アレックス・フィッシャーはこの2年間で5回目のハイチ滞在の最中だった。現地で進める活動にようやく進展が見えてきたと、実感していたところだった。

 フィッシャーは米コロンビア大学国際地球科学情報ネットワークセンターの科学部門のプログラムコーディネーター。彼が参加する同大学の専門家チームは09年、ハイチが抱える最大の難題のうちの2つに取り組むべく活動を始めた。すなわち、貧困問題と自然災害に対する脆弱性だ。

 どちらの問題も、解決の鍵は自然環境の回復にある。そう考えたチームは国連などと協力して「ハイチ再生イニシアチブ」を始動。第1段階として地元政府高官の支持を取り付け、大規模調査に不可欠な技術的能力を育成することに力を入れた。

 目標はほぼ達成され、チームは最初の大掛かりなプロジェクト、ハイチ南西部にあるポルタピマン地区の流域再生計画に乗り出そうとしていた。

 1月12日の午後5時前、フィッシャーはチームの一員である同センターのマーク・レビー副所長と、首都ポルトープランス郊外にある国連開発計画(UNDP)の施設で流域再生計画の詳細を話し合っていた。そのとき、部屋が激しく揺れ始めた。

 「足を取られないよう身を伏せ、はって外へ出た」と、レビーはその瞬間を振り返る。「揺れが永遠に続くかのように感じたが、実際には60秒間で収まったそうだ」
 地震発生から24時間、フィッシャーとレビーは同僚の捜索や負傷者の手当てに奔走。その後、避難キャンプに移動し、14日にアメリカへ帰国した。

 大地震でポルトープランスが壊滅状態になって以来、ハイチの深刻な貧困問題に関心が集まっている。だがハイチは、西半球で最も貧しい国というだけではない。最も環境が破壊された国でもある。

伐採と土壌喪失の悪循環

 ハイチでは原始の森林面積の99%が消失し、国土の6%が土壌を喪失している。どちらも、人口過剰と貧困と自然災害の悪循環がもたらした悲劇だ。森林が消失すれば土壌も失われ、土壌がなくなれば森林も消える。

 この問題をどう解決すべきか。年月とともに明らかになった事実は、すべての問題に同時に対処してこそ効果があるというものだ。

 科学者たちが目指していたのはまさにそれだった。レビーらが進めていた計画は環境と経済の双方に焦点を当てる、より包括的な開発プロジェクトの開始に向けた取り組みの一環だ。だが今や、すべてが棚上げになっている。

 国民の65%が生計手段として農業に全面的に頼るこの国では、環境問題と経済問題が分かち難い状態にあるのも当然の話だ。とはいえ専門家によれば、2つの問題は最近まで優先順位が異なる別個の問題と見なされていた。まず大事なのは経済発展、環境回復はその後で、といった具合だ。

 「ハイチでは各地で独立した開発計画が実施されるだけで、総合的なプロジェクトは存在しなかった」と、レビーは指摘する。

 コロンビア大学の専門家チームはより包括的な視点から、ハイチ各地の河川流域に注目。レビーによれば「生態系全体を視野に入れ、流域再生を1カ所ずつ進める予定」だった。彼が言う生態系には、自然環境やそこに住む人々、彼らが置かれた社会・政治的状況も含まれる。

 具体的な例を挙げれば、ハイチのエネルギー需要の75%は木材と石炭で賄われている。いずれも最も安価な燃料ではあるが、樹木を伐採しなければ手に入らない。そして樹木を伐採すれば、土壌は浸食される。

 土壌が浸食されれば、作物の収穫量は減り、地下水が汚染され、洪水も起こりやすくなる。樹木に覆われていない山地で激しい洪水が起これば、村や町が丸ごと押し流され、ただでさえ貧困に苦しんでいる地域が救いようのない困窮状態に陥る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請4000件減の21.7万件、3カ

ワールド

トルコ中銀3%利下げ決定、緩和路線再開 政策金利4

ビジネス

米総合PMI、7月は54.6に上昇 12月以来の高

ビジネス

ECB理事会後のラガルド総裁発言要旨
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:山に挑む
特集:山に挑む
2025年7月29日号(7/23発売)

野外のロッククライミングから屋内のボルダリングまで、心と身体に健康をもたらすクライミングが世界的に大ブーム

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家安全保障に潜むリスクとは
  • 2
    まさに「目が点に...」ディズニーランドの「あの乗り物」で目が覚めた2歳の女の子「驚愕の表情」にSNS爆笑
  • 3
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつものサラダ」に混入していた「おぞましい物体」にネット戦慄
  • 4
    WSJのエプスタイン・スクープで火蓋を切ったトランプ…
  • 5
    参院選が引き起こした3つの重たい事実
  • 6
    アメリカで牛肉価格が12%高騰――供給不足に加え、輸入…
  • 7
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 8
    バスローブを脱ぎ、大胆に胸を「まる出し」...米セレ…
  • 9
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量…
  • 10
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人口学者...経済への影響は「制裁よりも深刻」
  • 4
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞…
  • 5
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウ…
  • 6
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量…
  • 7
    父の急死後、「日本最年少」の上場企業社長に...サン…
  • 8
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 9
    約558億円で「過去の自分」を取り戻す...テイラー・…
  • 10
    日本では「戦争が終わって80年」...来日して35年目の…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中