最新記事

大規模研究が暴く海の資源枯渇の真実

マグロが消える日

絶滅危惧種指定で食べられなくなる?
海の資源激減を招いた「犯人」は

2010.03.11

ニューストピックス

大規模研究が暴く海の資源枯渇の真実

世界規模の研究で、タラやマグロなど海の大型魚が50年間で90%近く減ったことが判明。放置すれば海の食物連鎖が崩壊し、取り返しのつかない事態に

2010年3月11日(木)12時00分
フレッド・グタール(本誌サイエンス担当)

 オーストラリアの港を出港した観測船タンガロアは、タスマン海に横たわるノーフォーク海嶺をめざして進んでいた。この船に乗り込んだ研究者の目的は、ある海山の調査だ。やがてソナーが海面の2000メートル下に、なだらかな斜面をもつ海山の姿をとらえた。

 だが航海5日目に海が荒れ、研究者は海山の位置を見失った。やむなく別の海山を調べることになり、金属の箱に網を張った標本採集用の器具で水中の斜面をさらうと、すぐ何かに引っかかった。03年5月14日午前11時の航海日誌にはこうある。「海の底は硬く、裂け目やくぼみが多い。器具で底をさらうのは不可能に近い」

 それでも、この日はいくつかの海洋生物をなんとか採集できた。イトヒキイワシの仲間や脚の長いカニの一種など、ほとんどは海山の周辺によくいる種類だったが、2匹だけ異彩を放つ魚がいた。

 まず、ネズッポに似た体長7センチ弱の魚。あごからひげのような突起物が出ていて、先端が明るく光っていた。たぶん獲物をおびき寄せるためだろう。もう1匹はソコダラに似ているが、色と模様が独特だった。その夜、研究者は航海日誌の欄外に「2種類の科学的新発見」と書き加えた。

「科学的新発見」という言葉には、胸躍る響きがある。だが海洋生物学者は、海の生命の多様さに圧倒されているのが実情だ。タンガロア号が今回の航海で発見した新種らしき生物は100種類以上。この数字は海の豊かさの証拠というより、人間の無知の表れだ。

大型魚が消えれば生態系全体に影響

 海山の周囲は栄養分と酸素が豊富なため、多くの海洋生物が生息している。だが専門家の注目を集めるようになったのは、ここ10年ほどのことだ。世界の海には少なくとも数千の海山があるが、調査されたのはひと握りにすぎない。

 タンガロア号がタスマン海を調査していたころ、ネイチャー誌に1本の論文が掲載された。筆者はカナダのダルフージー大学のランソム・マイヤーズとボリス・ワーム。2人は世界の漁場の現状を分析し、これまでで最も包括的な魚の個体数の推定値を発表した。

 魚が自然の回復力を上回る勢いで乱獲されていることは、10年以上前から知られていた。それでも、マイヤーズとワームが報告した数字は衝撃的だった。過去50年間の乱獲で、マグロやタラなど10種類の大型の捕食魚は90%も数が減ったというのだ。

 同じような警告は以前からあったが、北大西洋や日本近海など個々の漁場に関するものだった。だが、この論文は世界規模のデータに基づいている。カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリップス海洋学研究所のジェレミー・ジャクソンは言う。「この論文の強みは、明快な数字を示したことだ。世界の大型魚の90%が失われた。その意味は誰でもわかる」

 本当だろうか。海を研究すればするほど、よけいにわからなくなるとこぼす海洋生物学者は多い。

 肉食魚がいなくなれば、海の生態系全体に影響が及ぶはずだ。「生態系のいちばん上が欠ければ、必ず連鎖反応が起こる」と、デューク大学の生物学者ラリー・クラウダーは言う。最悪の場合、海から生命が姿を消す事態もありうる。

 もっとも、海はまだわからないことだらけだ。研究者はタンガロア号のように、手探りで少しずつ調べているにすぎない。「肉食魚がいなくなったら海はどうなるのか。現段階ではほとんど何もわかっていない」と、スタンフォード大学の海洋生物学者バーバラ・ブロックは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インタビュー:円安の影響見極める局面、160円方向

ビジネス

中国ファーウェイ、自動運転ソフトの新ブランド発表

ビジネス

円債中心を維持、クレジットやオルタナ強化=朝日生命

ビジネス

日経平均は3日続伸、900円超高 ハイテク株に買い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 6

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 9

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 10

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中