最新記事

筋肉系に徹した新スター・トレック

アカデミー賞の見どころ

大ヒット『アバター』作品賞に輝くか
今年のオスカーはここに注目

2010.02.16

ニューストピックス

筋肉系に徹した新スター・トレック

テレビシリーズの特徴だった倫理的な問い掛けや理想主義が切り捨てられて、マニアはがっかり
(メークアップ賞、視覚効果賞など4部門にノミネート)

2010年2月16日(火)12時02分
マーク・ベイン

 ロボットやエイリアンがどれだけ出てきても、SFの本当のテーマは「人間」だ。『スター・トレック』も例外ではない。

 このシリーズは66年にテレビドラマとしてスタートして以来、宇宙を舞台にしながら、人間について哲学的な問いを投げ掛けてきた。戦争、環境、宗教、性差別、人種差別、動物愛護、性的志向など、過去40年の論点はほぼ網羅した。

 例えばテレビシリーズ『宇宙大作戦』の第67話「キロナイドの魔力」には、その外見のために不当な扱いを受ける奴隷が登場する。カーク船長が彼に言う。「私の故郷では、体形や肌の色が問題になることなどない」

 この回が放映されたのは68年。公民権運動真っ盛りの時代で、マーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺されて7カ月半後のことだ。この回には、テレビ初の黒人と白人のキスシーン描写もあった。

「普通なら考えもしないことを考えさせるドラマだった」と語るのは、『スター・トレックの倫理』の共著者でインディアナ州立大学教授のジュディス・バラド。「未来への希望を示し、誰もが目指せる目標を示した。だからこそ長続きしたのだと思う」

 だが、5月8日に全米公開された最新の映画版は違う。哲学的というより、筋肉系のノリなのだ。ややこしい倫理的な問題は影を潜め、アクションシーンと特殊効果ばかりが目立っている。

「艦隊の誓い」もどこへやら

 最新作は、エンタープライズ号のおなじみの面々がどんな経緯で集まったかを描く。登場人物の個性は変わらないし、宇宙船のリアルさはシリーズ史上最高だ。

 その一方で、政治や道徳に絡む要素が消えてしまった。これまでのシリーズは、
争いを批判したり、寛容さを説くことが多かった。ところが最新作が描くのは、戦争で荒れ果てた未来。醜い復讐劇が渦巻き、大爆発がやたらと起こる。

「このシリーズで大事なのは、特殊効果じゃない。人間の在り方だ」と語るのは、シリーズの生みの親ジーン・ロッデンベリーのアシスタントを長く務めたスーザン・サケット。「多くのエピソードに、学ぶべき教訓があった」

 SFはいつも、製作された時代を映し出す。『スター・トレック』が初めて放映された頃には、人種差別や女性解放、ベトナム戦争、冷戦が大きなテーマだった。

 シリーズはこれらをしっかり扱っていた。ウフーラ通信士は、テレビで初めて主要な役を与えられた黒人女性だ。アメリカでソ連が最も敵視されていた時代に、エンタープライズ号にはロシア人クルーのパベル・チェコフがいた。

 惑星連邦の「艦隊の誓い」は、異星人の文化に干渉してはならないと定めていた。サケットによれば、ロッデンベリー流のベトナム戦争批判である。

 最新作の脚本をアレックス・カーツマンと共に担当したロベルト・オーチー(『トランスフォーマー』などの脚本も手掛けた)は、道徳的な側面が欠けているという指摘に納得していない。「欺くということの本質を追究した作品だ」と、彼は言う。
トレッキーには裏切り行為

 オーチーによれば最新作が目指したのは、古いファンを満足させながら、新しいファンを獲得すること。そのため、どこかを切り捨てなくてはならなかった。切られたのは、人間は人間とではなく、エイリアンとだけ戦うという未来のイメージだ。「初期のシリーズには、理想論的過ぎるという批判もあった」と、オーチーは言う。

 確かにふに落ちない部分はあった。人種差別や性差別に批判的なくせに、女性乗組員はミニスカートをはき、船長は魅力的なエイリアンとベッドを共にして、主要人物3人(カーク、スポック、マッコイ)は白人男性だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

銅に50%関税、トランプ氏が署名 8月1日発効

ビジネス

FRB金利据え置き、ウォラー・ボウマン両氏が反対

ワールド

トランプ氏、ブラジルに40%追加関税 合計50%に

ビジネス

米GDP、第2四半期3%増とプラス回復 国内需要は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 4
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 5
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中