最新記事

金融用語の危険すぎるまやかし

編集者が選ぶ2009ベスト記事

ブッシュ隠居生活ルポから
タリバン独白まで超厳選

2009.12.15

ニューストピックス

金融用語の危険すぎるまやかし

「グロス記者は、米財務省が銀行の不良債権を聞こえのいい『レガシーローン』に呼び変えた瞬間を見逃さず、金融用語の言い換えに隠された意図と危険を警告した。金融危機の再発を防ぐためにも言葉の監視がいかに大事かを教えてくれる記事」(本誌・千葉香代子)

2009年12月15日(火)12時02分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

不良債権を「レガシーローン」と言い換えても深刻さは変わらない

 イギリスの小説家ジョージ・オーウェルは46年に発表した不朽のエッセー『政治と英語』で、政治の言い回しは「嘘をもっともらしくして」「完全な空論に見せ掛けの信頼を与える」ものだと非難した。オーウェルが生きていたら、今日の金融用語に関する続編を書かずにはいられなかっただろう。

「劣後抵当権」に「債務担保証券」。銀行の帳簿を化膿させているこれらの不良資産は、米財務省が3月23日に発表した金融機関の救済計画でそれぞれ「レガシーローン」「レガシー証券」と称された。レガシー(遺産)というと、思慮深い人々が長年、堅実に積み重ねてきた価値ある財産のようだ。

「金融大虐殺」を引き起こしているものをレガシーと呼ぶなんてクレージーだと、カリフォルニア大学バークレー校のジョージ・レイコフ教授(認知言語学)は言う。「レガシーという言葉は基本的に肯定的な意味を持つ」

 それ以上に狡猾なのは、この言葉がしばしば非難をかわすために使われることだ。金融問題の「レガシー」とは、言葉の上では前政権から持ち越されたもの。専門家の話からするとレガシーの起源はインド・アーリア語で、要するに「私のせいじゃない。会社は数十億謖を失ったが、私は今年のボーナスをもらう権利がある」というような意味になるらしい。

 米自動車業界の(もはやあまりビッグでない)ビッグスリーは、負担し切れなくなった退職者への年金や保険は過去の経営陣の「レガシーコスト」だと繰り返す。シティグループのビクラム・パンディットCEO(最高経営責任者)は2月に、「今年最初の2カ月は利益を挙げ、07年第3四半期以来の好成績だ」と従業員に語った。

「有毒・不良・遺産」という響き

 利益? 栄養チューブで数十億ドルの税金を送り込まれているシティが利益を挙げるには、過去の融資が生み続ける損失を無視しなければならない。つまり「レガシー銀行家」が生んだ「レガシーローン」を無視するのだ。

 この新しい枠組みにおいて、遺産と称されるものの実体は重荷だ。なのに潜在的損失が潜在的利益のように解釈される。「戦争は平和だ」と言うようなものだ。

 金融危機に関する従来の専門用語は痛烈だった。「『有毒』という言葉はかなり否定的で大げさだ」と、オックスフォード英語辞典の総合監修を務めるジェシー・シャイドラワーは言う。昨年よく使われた「有毒な資産」という言葉には、人々を震え上がらせて行動させようとする意図もあった。

「有毒」と「遺産」の中間が、08年秋に財務省が発表した「不良資産救済プログラム(TARP)」。窮地に陥った住宅ローンを「不良」と呼ぶのは、悪名高いカルト集団のリーダーだったチャールズ・マンソンを「不良」と呼ぶようなものだろう。

 過去30年の金融改革の大半は、実際は既存のものに新しい説明を加えただけだった。80年代にリスクの高い債務を「ジャンク債」と言い換えたのは、意図的な皮肉だった(専門家は実際に価値があると知っていた)。しかし90年代にジャンク債が主流になると、高利回り高リスクの「ハイイールド債」と名前を変え、負債が資産となった。

証券化ブームの思わぬ誤算

 90年代のモルガン・スタンレーでは、似たような金融商品を説明するために「いつも頭文字の組み合わせをひねり出していた」と、かつてはデリバティブ(金融派生商品)のトレーダーで現在はサンディエゴ大学で法律を教えるフランク・パートノイは言う。疑わしいものもある金融商品を、より好ましく見せるためだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独プーマ、第1四半期は売上高が予想と一致 年内の受

ビジネス

外貨準備高、4月末は1兆2789億ドル 「外貨証券

ワールド

米下院、ジョンソン議長の解任動議却下 共和党保守強

ビジネス

米マイクロソフト、ナイジェリアの開発センター閉鎖・
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中