最新記事

原油高騰とイラン攻撃の幻影

イラン動乱の行方

改革派と保守派の対立は
シーア派国家をどう変えるのか

2009.06.26

ニューストピックス

原油高騰とイラン攻撃の幻影

アメリカの軍事介入への憶測が呼ぶ投機で悪循環から抜け出せるか

2009年6月26日(金)12時37分
ホルヘ・カスタニェダ(本誌コラムニスト)


 最近の国際情勢で誰も模範解答を示せない二つの疑問がある。一つは世界経済が減速しサウジアラビアが原油増産を打ち出しているのに、なぜ原油価格が上がり続けているのか。もう一つはなぜ多くの専門家や政府がアメリカかイスラエル、または両方が、ジョージ・W・ブッシュ米大統領が任期を終える来年1月までに、イランの核開発計画を破壊あるいは後退させる行動に出ると考えているのか。

 膨大な数の解答のうち、筆者は「答えは二つの疑問を結ぶ関連性の中にある」という見方が気に入っている。

 相場はすでに1バレル=140ドルを超え、連日最高値を更新している。理由を解き明かす唯一の説明はない。だが石油取引業者や消費者、製油業者に政府機関までもが、近い将来アメリカとイスラエルがイランに軍事介入し、結果として原油価格がさらに高騰すると考えていることは説明の一つにはなるだろう。

 アメリカとイスラエル、さらにヨーロッパ諸国はイランに対する圧力や制裁、脅しを強めている。軍事行動を避けつつイランが核兵器を手にしないようにするには最善の策かもしれないが、軍事介入の憶測を呼ぶという思いがけない結果を引き起こしている。

 投機筋は、アメリカとイスラエルがイランの核施設の「破壊」に動くだろうという憶測で資金を動かしている。実際ブッシュ大統領は、イランのマフムード・アハマディネジャド大統領が国連決議に従わなければそうなると示唆してきた。

 軍事介入が実際に起きたらどうなるのか。まずまちがいなくイランは報復として、原油の輸出をほぼすべてか完全にストップする。現在世界で1日に供給されているおよそ8500万バレルの原油のうち200万バレルが消える。さらにイランとの友好関係を強めるベネズエラのウゴ・チャベス大統領が、おそらくアメリカへの原油の輸出をストップし、もしかしたら全面的な輸出停止を宣言する。これで150万バレルの原油が市場から消える。

世界を敵に回せる外貨準備高

 イランと連帯関係にある他の産油国がおよそ100万バレルを市場から引き揚げる可能性もある。そうなれば原油価格はおそらく1バレル=200ドルの天井を突破し、さらに上昇する。

 これはイランとベネズエラの単なる「やけくそ」に終わるのだろうか。そういう側面は当然ある。しかし第4次中東戦争でアラブ諸国が原油の輸出を停止した1973年とそれほどの違いはない。当時、原油価格は4倍に上昇した。イランとベネズエラには、少なくともしばらくのあいだ輸出停止をしてももちこたえるだけの外貨準備がある。暴騰した価格で水面下の現物取引をすればなおさらだ。

 もちろんイランとベネズエラが輸出停止を永遠に続けることはできない。しかし米共和党がイランやベネズエラとの外交課題をかかえたまま、現在の1・5倍のガソリン価格で秋の大統領選を迎えたいと思うだろうか。

 その一方、イランの核開発を阻止するタイムリミットは近づいている。時間が過ぎるほどイランが核兵器を製造して近隣諸国を攻撃する危険性は高まる。米民主党のバラク・オバマ大統領候補が政権に就いた場合、1期目からイランに軍事介入するとは考えにくい。またイスラエルがアメリカの黙認なしに軍事行動に出る可能性も低い。イランの核武装を恐れる勢力は、その手だてを講じる機会を急速に失いつつある。

 原油市場やテクノロジー、金融、貿易におけるイランとイラン以外の国の取引で、偽の情報や牽制、ハッタリが生まれるのはこのためだ。

核兵器阻止と原油高の連関

 西側情報機関による破壊活動と暗殺、部材調達の妨害で、イランの核開発はそれほど進んでいないという見方もある。この見解によれば、諸外国の金融制裁や秘密工作、イランと近隣の同盟国との間にくさびを打ち込むイスラエルの情報活動が功を奏し、イランがすぐさま核兵器を手に入れるのは防げるという。

  ただし、それには一つの条件がある。イランとその友好国がアメリカの軍事介入を現実の可能性として考えているという前提だ。しかし彼らがそう信じるなら、石油関連の投機家も同様に考える。つまり、原油価格は上がり続けるだろう。
          
 (筆者は元メキシコ外相でニューヨーク大学教授。専門は中南米とカリブ海諸国の政治)


[2008年7月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中