最新記事

インドに翻る同性愛の旗

巨象インドの素顔

世界最大の民主主義国家
インドが抱える10億人の真実

2009.06.19

ニューストピックス

インドに翻る同性愛の旗

刑法上の違法行為である同性愛、世間の目は今なお厳しい

2009年6月19日(金)16時06分
ダニエル・ペッパー

 世界最大人口の民主国家であることはインドの誇りかもしれないが、同性愛者の権利となると話は別。この国では、同性愛は違法行為。刑法377条で「不自然な性犯罪」と規定されており、10年以下の懲役に処される可能性もある。

 だから、首都ニューデリーで6月29日に初めて行われたゲイ・パレードでは、お祭り騒ぎのなかにも、参加者の不満や怒りが感じられた。太鼓が鳴り、スローガンを叫ぶ声が響き、虹色の旗がはためく。この日、パレードは同じインドのコルカタやバンガロールのほか、世界数十都市で行われた。

 毎年恒例となっているニューヨークのような都市と違い、インドは保守的な社会だ。参加者も見物する人々も、この手のイベントには慣れていない。参加者のなかには、メディアのカメラの放列や大勢の警察官に素顔をさらすことに、ためらいを感じた者もいた。

 虹色の紙の面をつけた26歳の男性はこう語る。同性愛の仲間たちはインターネット上ではとてもオープンだが、街中ではそうはいかない。「人前で手をつなぐことも、愛情を示すこともできない」

同性愛の子供を家に幽閉

 今回のパレードは、特定の組織が主催したわけではない。1通の電子メールをきっかけに、ネット上で支持する声が雪だるま式に大きくなったのだ。

 レスリー・エステーブスは雑誌編集者で、パレードの実現にひと役買った。エステーブスはパレードのことを「コミュニティーの行事」と表現し、社会からの受容度を高める試みだと語る。

 「インドでは物事はいつもこんなふうに進む。こうやってメディアに大々的に取り上げられ、世間の人々は『ゲイ』という言葉が何を意味するかを知る」

 その一方で「裁判でも戦わなければ」とエステーブス。同性愛者の親のなかには、子供を家に閉じ込めてしまう人もいるからだ。

 パレードの参加者たちは「377条はインドから立ち去れ!」と叫んだ。独立前のインドで、イギリス統治を終わらせることを目的に繰り広げられた「インドから立ち去れ運動」を思い起こさせるスローガンだ。

 だが、法改正は問題の一部にすぎないと参加者たちは言う。「ニューデリーは非常に同性愛者を嫌う土地柄だ」とインディアン・エクスプレス紙のフォトジャーナリスト、パロマ・ムケルジーは言う。インドの新聞には、親の決めた伝統的な結婚を強制された同性愛者が自殺したという記事がしばしば載る。同性愛に寛容な土地を求めて国を出る人もいる。

 デリー大学に通うデシャン・タッカー(19)は、こうした人々に共感を示す。ゲイであることを公表すれば「見下されて『どうしてゲイなんだ?』と聞かれるのが関の山だ」と彼は言う。

素顔で行進できる日は?

 デリー大学には、同性愛者の学生組織は一つもない。「法改正は第一歩にすぎない」とタッカーは言う。「ゲイは基本的な生存権を否定されている」

 今回のパレードの取材で話を聞いたかぎりでは、377条違反で警察に逮捕されたという人は1人もいなかった。だからといって、同性愛者が逮捕されないというわけではない。数カ月前にも、公園で「繁殖の体勢」でいたとして、2人の同性愛者の男性が逮捕されている。

 「377条の問題点は、警官から金品を強要されたり、嫌がらせを受けたりすることだ」と、バンガロールの弁護士ムイェル・スレシュは言う。レイプや拷問にエスカレートすることもあるとスレシュは指摘する。

 イギリス植民地時代に制定されてから150年、377条の歴史にまもなく終止符が打たれるかもしれない。デリー高等裁判所は377条の廃止を求める請願について審理しているからだ。  
来年のパレードでは、参加者は安心して素顔をさらすことができるようになるかもしれない。

[2008年7月23日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

香港GDP、第1四半期は前年比+3.1% 米関税が

ビジネス

アングル:替えがきかないテスラの顔、マスク氏後継者

ワールド

ウクライナ議会、8日に鉱物資源協定批准の採決と議員

ビジネス

仏ラクタリスのフォンテラ資産買収計画、豪州が非公式
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 7
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中