最新記事

インドの宇宙開発は生活密着

巨象インドの素顔

世界最大の民主主義国家
インドが抱える10億人の真実

2009.06.19

ニューストピックス

インドの宇宙開発は生活密着

暮らしに役立つ技術で欧米よりはるかに進むインドの衛星

2009年6月19日(金)16時13分
ジェーソン・オーバードーフ(ニューデリー支局)

 インドが宇宙開発の先進国だと考える人はあまり多くないだろう。だが10月22日に打ち上げた同国初の無人月探査衛星チャンドラヤーン1号は、一つの転機になるかもしれない。多くのインド人はそう期待している。

 チャンドラヤーン1号は月軌道を周回し、月面の水を探す。搭載している計測機器は、インド宇宙開発研究所(ISRO)のものだけでなく、アメリカやヨーロッパ製もある。インド国民は、最近の株価の乱高下を見るのと同じくらい真剣なまなざしで、このプロジェクトの成り行きを見つめている。

 インドの宇宙開発には、すでに他国を大きくリードしている点がある。テクノロジーを地上で暮らす普通の人々のために活用していることだ。インドは20年以上も前から地球科学プログラムに投資してきた。農業収穫高や漁獲量を増やしたり、洪水などの自然災害の被害を抑えたりするためだ。

 「地球観測を行う根拠に関しては、インドが世界をリードしている」と、欧州宇宙機関(ESA)の地球観測科学応用部門の責任者スティーブン・ブリッグズは言う。

アジア最大の通信衛星網

 人工衛星の数や性能では欧米のほうが進んでいる。しかしインドのISROは、年間予算が約10億ドルでNASA(米航空宇宙局)の1割にも満たないのに、実にさまざまな事業をカバーしている。

 ISROはこれまで46機の国産衛星を打ち上げた。そのデータは少なくとも九つの省庁で活用されている。11機の通信衛星網はアジア最大。7機の地球観測衛星は、地上の物体を1誡未満の解像度で観測する。マドラス経済大学の研究によると、これらを利用した各種の実用的プロジェクトは投資額の2倍の収益を生み出した。

 「宇宙プログラムが投資額よりはるかに大きい収益をもたらすことを証明した」と、ISROのマダバン・ナイール議長は語る。

 こうした衛星網は82年から徐々に築き上げられてきた。道路もない地域を含めた僻地で、ラジオやテレビ、電話を使えるようにするためだ。かつては25%だった衛星放送受信可能地域は、02年には90%に広がっている。

 インドの地球観測衛星への投資額は1機当たり約5億ドルで、欧米の約1割。ISROは衛星によって魚群を探知してラジオで放送するサービスも始め、沿岸漁業の漁獲高を倍増させた。86年に始まった政府の飲料水プロジェクトでは、衛星の利用で井戸掘削の成功率が50~80%向上した。1億~1億7500万ドルを節約したことになる。

 また気象衛星は、GDP(国内総生産)に2~5%の影響を及ぼすこともあるモンスーンの予報の精度向上に役立っている。

 ISROは今後、衛星を使ったサービスを僻地の農村に展開する。すでにNGO(非政府組織)や政府機関と協力し、約400の村落情報センターを設立。商品価格情報や専門家による農業アドバイス、土地記録など、インターネットを利用したサービスを提供している。

灌漑計画や農民教育にも

 さらに、各村に地球観測データを提供する予定だ。流域開発やかんがいプロジェクトの実施、正確な土地記録の作成、都市部につながる道路の計画――こうした事業をできるだけ低予算で効率的に行うことに役立ててもらう。

 ISROと協力しているM・S・スワミナタン研究財団は、衛星を利用して550の村に住む30万人以上の農民向けに7万8000件の研修プログラムを実施した。内容は点滴かんがいやスプリンクラーかんがいなどの農業技術、マラリアや結核などの病気の予防教育、政府機関の利用の仕方などだ。

 一方、衛星を利用して塩性・アルカリ性の荒れ地延べ200万ヘクタールを開墾する事業は、年5億ドル以上の収益を生むと期待されている。

 月探査では欧米に先を越されたかもしれない。だがインドの宇宙プロジェクトは、人類にとっての次の「大きな一歩」のビジョンを示している。

[2008年11月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドルの地位、関税で低下も 現時点では基軸通貨の座を

ビジネス

トヨタが実証都市での実験開始、300人まず入居 最

ビジネス

独経済、向こう2年間で勢い回復へ 主要研究所が予測

ワールド

台湾、巨大台風被災地で不明者捜索続く 避難指示に課
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
2025年9月30日号(9/24発売)

トヨタ、楽天、総合商社、虎屋......名門経営大学院が日本企業を重視する理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 2
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 3
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市場、売上を伸ばす老舗ブランドの戦略は?
  • 4
    週にたった1回の「抹茶」で入院することに...米女性…
  • 5
    クールジャパン戦略は破綻したのか
  • 6
    【クイズ】ハーバード大学ではない...アメリカの「大…
  • 7
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 8
    トランプの支持率さらに低下──関税が最大の足かせ、…
  • 9
    トランプは「左派のせい」と主張するが...トランプ政…
  • 10
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 1
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 2
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 5
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 6
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で…
  • 7
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...…
  • 8
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 9
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 10
    「ミイラはエジプト」はもう古い?...「世界最古のミ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中