コラム

新型コロナ:中国「新規感染者数ゼロ」の怪

2020年03月19日(木)19時00分

中国政府が主張する「新規感染者数ゼロ」の信ぴょう性を探っていくうえで、次の2人の中国国内の専門家の発言が大いに参考になる。

その1人は北京大学教授で経済学者の姚洋氏。北京大学国家発展研究院院長を務める学界の大物である。

姚教授は3月13日、経済誌『中国企業家』が開設したネット番組で、新型肺炎が拡散する中での企業の生産活動再開について講演した。その中で彼は「新規感染者数ゼロ」について次のように述べた。

「中央は考え方を変えるべきだ。『新増(新たに増える)ゼロ』を要求するのを止めたが良い。『新増感染者数ゼロ』を持続させていくのはかなり困難だからである」

経済学者の姚教授は一体どうして、「新規感染者数ゼロを求めることをやめてほしい」と中央政府に訴えたのか。その理由は彼の関心事である企業の生産活動再開と関係がある。つまり、中央政府が各地の「新規感染者ゼロ」を求めていくと、各地方政府が新規感染者を出すことを恐れて人の集まる工場の再稼働などを制限するから企業の生産活動の再開はなかなか進まない、と言いたいのだ。

姚教授は別のところでも同じ考えを示した。3月16日、新浪財経などのニュースサイトが姚教授の最新寄稿「疫病との戦いから見る現代化の治理体系(統治システム)」を掲載したが、その中で彼は「わが国の治理体系に問題がある」とした上で、「生産再開」と「新規感染者数ゼロ」との関連性について次のように述べた。

「中央政府は秩序正しい生産活動再開を繰り返し強調する。しかし末端にとって生産再開はなかなか難しい。なぜかというと、上からは『新規感染者は1人も出すな』との指令があるから、下の幹部たちは思い切って生産再開を進めることができない。1人でも新規感染者を出してしまったら、直ちに処分を受けるからだ」

専門家の言葉が裏付ける実態

次にもう1人の専門家の発言を見てみよう。

生物学者で、深圳にある中山大学公共衛生学部の学部長を務める舒躍龍氏は中国インフルエンザセンターの主任も兼任しており、感染症分野では中国トップクラスの専門家である。

この舒氏は3月15日、上海の新民晩報で新型肺炎のコントロールについて語ったが、その中で彼は姚教授と同様に「新規感染者ゼロ」の話に言及し、「中国は(新型肺炎の)防止・制御戦略をできるだけ早く明確にしなければならないが、新規感染者数ゼロを引き続き目標にすべきではない」と指摘した。

その上で彼は、政府に対して6つの提言を行なったが、3つ目の提言として舒氏は「病例が発生した単位(機関や団体)に対して、あるいは発生地の政府に対しその責任を追及するようなことはしない。むしろ、病例の発生を報告しないものの責任を追及すべきである」と述べた。

以上は、新型肺炎の「新規感染者数ゼロ」に言及した2人の専門家の発言であるが、専門分野がまったく異なるこの2人がほぼ同じことを述べているところは実に興味深い。

まずは注目すべきなのは、2人とも政府に対して「新規感染者数をゼロにすることを目標とすべきではない」と訴えている。言い方に多少の違いがあるが、両者の訴えはまったく同じ。要するに政府に対し「新規感染者数ゼロを目標にするようなことはやめた方が良い」と進言したのである。

そして最も重要なポイントは、国内で一定の地位と立場のあるこの2人の専門家が公の発言で政府に対してそう進言しているのであれば、それはすなわち中国政府が実際に「新規感染者ゼロ」を目標にしている、ということだ。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、東部要衝都市を9割掌握と発表 ロシアは

ビジネス

ウォラーFRB理事「中銀独立性を絶対に守る」、大統

ワールド

米財務省、「サハリン2」の原油販売許可延長 来年6

ワールド

中国、「ベネズエラへの一方的圧力に反対」 外相が電
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story