コラム

新型コロナで5400人が死亡、NJ州高齢者施設で繰り返された悲劇

2020年05月26日(火)16時40分

結果的に州内の高齢者施設で多くの患者の救命治療ができなかった Stefan Jeremiah-REUTERS

<ワシントン州やニュージャージー州内の先行事例を教訓にすることができず、州全体の高齢者施設で重篤患者を救命治療から除外した>

今回の新型コロナウイルス感染拡大では、すでにアメリカの死亡者数は9万7000人を超える事態となっています。なかでも死亡者数2万9000人と現時点で最悪なのはニューヨーク州で、特に有色人種の貧困層における蔓延は厳しい検証が待たれます。

一方で、ニューヨークに次いで死亡者が多かったのは、私の住むニュージャージー州で、現時点では1万1000人が死亡しています。このニュージャージーで問題になっているのは、高齢者向けの居住型福祉施設(ナーシング・ホーム)です。全州の死亡者の約40%、少なくとも5400人がナーシング・ホーム入所者で、全入所者の13人に1人が死亡したというのです。

確かにニュージャージーでは、4月の初旬に感染拡大が続くなかで陽性者数、そして死者の数字がどんどん増えていった時点では、「死者のほとんどは高齢者」だという報道が多かったですし、また「入居型の施設での感染が深刻」というニュースも断片的には入っていました。ですが、私を含めて、人々の危機感としては、「高齢者は重症化しやすい病気」だという認識以上ではなかったのです。

皆が「おかしい」と気づいたのは、4月15日の報道です。州北西部にあるアンドーバーという小さな町にある施設で、多くの遺体が放置されているという匿名の通報があり、警察が調べたところ17人の遺体が発見されたというのでした。この時は、マーフィー知事が激怒して州の検事局が捜査を行いました。この施設に関しては、州当局が徹底した指導と対策を行ったために、それ以上の犠牲者は出ていない模様です。

退役軍人向け施設での大量死も

このアンドーバーの事件の際には、職員の証言として「職員の感染で労働力が逼迫」「PPE(防御用品)が極端に不足」する中で、ケアが崩壊する中で起きた悲劇ということが繰り返し報じられていました。ところが、結果的には、このアンドーバーで起きていた事態が、州内における他の多くの施設でも発生していたのです。

アメリカの場合も、コロナ危機に突入して以来、こうした施設では家族を含めた外部の人間の面会は厳格に禁止していました。この点は日本と変わりません。ですが、ニュージャージーをはじめとしたアメリカの場合は、職員が家庭内感染等を通じて感染を施設に持ち込み、職員が発症して欠勤すると要員も足りなくなって感染対策が崩壊、結果的に蔓延から大量死という流れになってしまったケースが多いようです。

ニュージャージーのマーフィー知事は、多くのナーシング・ホームが営利目的で運営されており、オーナーがコスト圧縮に走ったことが、大量死につながったとして批判しています。ですが、一方で、全施設の中で最悪だったのは、パラマス市にある退役軍人向けの施設で、州が運営していたにも関わらず283人の陽性者と89人の死者を出しているのですから、州として民営施設を批判できる立場ではないとも言えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイで大規模デモ、首相退陣要求 国境紛争巡り批判

ビジネス

アングル:アフリカ地域決済システムが前進、課題は「

ワールド

アングル:飛行機恐怖症広がるインド、墜落事故に深刻

ワールド

米上院共和党、EVの新車税額控除を9月末に廃止する
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影してみると...意外な正体に、悲しみと称賛が広がる
  • 3
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急所」とは
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    キャサリン妃の「大人キュート」18選...ファッション…
  • 7
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 10
    「水面付近に大群」「1匹でもパニックなのに...」カ…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 5
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 6
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story