コラム

モルシ政権の運命が米中東政策に及ぼした影響

2019年06月18日(火)17時30分

3つ目は、モルシ政権を打倒したシシ大統領(現)によるクーデターをどう位置づけるかという問題です。ムスリム同胞団(ブラザーフッド=兄弟団)というのは男性中心のイスラム系宗教団体で、保守的な思想を掲げています。原理主義と言っても過言ではないでしょうし、イスラム法(シャリーア)の実行まで主張する祭政一致の右派団体です。ですが、私の理解では、同時に暴力やテロとは無縁の存在であったはずです。

また宗教的にはスンニ派ですから、シーア派のイランやヒズボラとは基本的に無関係のはずです。それにも関わらず、アメリカやイスラエルは、テロ容認組織のように扱い、どんどんこの団体を過激な方向に追い詰めていきました。

そんな中で、モルシ政権を倒したシシ大統領は、当初はロシアや中国に接近していましたが、イスラエルとの関係を劇的に改善させ、現在はトランプ政権と良好な関係を結んでいます。いわば、同胞団が政権担当に失敗したことで過激化して自滅、その代わりに利害調整に敏感な開発独裁政権が発足して機能しているわけです。

これに対して、2018年7月27日にニューヨーク・タイムズが掲載した、デビット・カークパトリック記者(クーデター当時の同紙カイロ支局長)の論考「ホワイトハウスとストロングマン」が、かなり辛口の見解を載せています。

カークパトリック記者は、オバマがモルシ政権を容認しつつ、独裁化を懸念して説得を続けた一方で、当時のケリー国務長官やヘーゲル国防長官は、かなり早期からモルシを見放していたと暴露。当時のオバマ政権の迷走が、結果的にシシ独裁政権の登場を招いたし、現在の「独裁者とのディールを好む」トランプ外交への道を開いたと厳しく批判しています。

しかし、これも結果論に過ぎない部分があり、モルシ政権が行き詰まった際に、アメリカとしてどんな行動を取れば良かったのか、今でも何が最適解であったのかを考えるのは困難を極めます。また、現在のシシ政権が中東全体の安定に寄与しているのかも、そう簡単に評価できないと思います。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

郵送投票排除、トランプ氏が大統領令署名へ 来年の中

ビジネス

ノルウェーSWF、ガザ関連でさらに6社投資除外

ワールド

ゼレンスキー氏、ロシアの「冷酷な」攻撃非難 「訪米

ワールド

イラン、協力停止後もIAEAと協議継続 「数日中に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 4
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する…
  • 5
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 6
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    40代は資格より自分のスキルを「リストラ」せよ――年…
  • 9
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story