コラム

新天皇・新皇后の外交デビューは見事な作戦勝ち

2019年05月30日(木)17時10分

メラニア夫人への重点的な接遇を心掛けたことも成功の秘密 Carl Court/REUTERS

<世界中で批判的に見られているトランプ大統領とメラニア夫人を、知性と品格をもった大統領夫妻として厚遇したことが成功の鍵>

異例の長期滞在となった、トランプ米大統領の訪日ですが、ゴルフや相撲が話題になった前半に対して、後半は何といっても皇室外交に注目が集まりました。結果を先に申し上げると、各行事における大統領夫妻の表情、そしてトランプ大統領のツイート、さらにはアメリカでの報道などを総合しますと、即位後初の国賓接遇については、大変に高い評価がされているようです。

この新天皇皇后の外交デビューですが、最初の相手がトランプ大統領というのは、非常にやりにくい巡り合わせだったと思われます。まず、トランプ流の「ホンネ丸出しのガサツなスタイル」を持ち込まれるのは、ハーバード・アルムナイ(卒業生)の皇后としては抵抗があるでしょうし、何よりも皇室の威厳、さらには国家の威信に関わる問題を生じます。だからと言って、両陛下が高飛車に出て知性を見せつけるのも良くありません。皇室の「お家芸」である全方位外交が崩れてしまうからです。

そこで私は、両陛下の即位のタイミングで本誌に寄稿した際に、次のように記しました。

「とりあえず見事な英語で品格と教養を示しつつ、大統領の持つ庶民性も『立てる』ことで関係を円滑にする、そのような儀礼の実務に徹してはどうだろうか。それ自体が簡単ではないかもしれないが、周到な準備を行うことで、一歩一歩を踏み固めることが肝要であると考える。」

驚いたのは、結果的に今回の皇室外交はこの期待感を「100%」いやそれ以上に実現したということです。

具体的には2つのポイントが指摘できます。

1つは、周到な準備です。これは、恐らくは小田野展丈(おだの・のぶたけ)侍従長が中心となり、両陛下、そして内閣や外務省とも調整の上で、アメリカサイドの事務方とも実務的に緻密な計画が練られたのだと思われます。

例えば、トランプ大統領は天皇陛下には「ビオラ」を、皇后陛下には「文具セット」をプレゼントとして持参したとされています。ところが、その中身が凄いのです。アメリカで報じられているところでは、その「ビオラ」というのは、ウェストバージニア州で1938年に作られたハンドメイドの逸品であり、そこに作曲家アーロン・コープランドの真筆サインが添えられていたというのです。

ウェストバージニアというのは、それこそ石炭産業の衰退で苦しむ中で、ヒラリーを嫌い、トランプを選んだ代表的な州です。またアメリカのクラシック作曲家の真筆サインということでは、亡くなったバーンスタイン(指揮者でも有名)、現在の世界のクラシック音楽界の寵児とでもいうべきジョン・アダムズなども考えられますが、それではリベラルなイメージになってしまうので、「アパラチアの春」で有名なコープランドというのは絶妙な選択です。

また皇后陛下向けの「文具セット」には、手彫りの万年筆が入っていたそうですが、その材料には「ハーバードのキャンパス内にある樫の木」が使われています。つまり、トランプ大統領側として、雅子皇后がハーバードの卒業生であることにリスペクトを込めたプレゼントというわけです。

また、宮中晩餐会において、トランプ大統領が元号「令和」の出典となった万葉集の話を、「おざなりではない」内容のある形で堂々と述べたというのも驚きでした。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

自民、両院議員総会を8月8日に開催 参院選を総括 

ビジネス

焦点:米国の早期利下げ、FRBがシグナル発せず市場

ワールド

豪小売売上高、6月は前月比1.2%増 スイッチ2や

ビジネス

政策金利の現状維持、全員一致で決定=日銀
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 3
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story