コラム

安倍政権が「安保法制」成立を急ぐ理由

2015年08月04日(火)19時00分

 ところが、今回の政争ドラマの結果、礒崎氏は謝罪して発言を撤回してしまいました。

「決して法的安定性全体を否定したわけではなく、最後の部分の当てはめの所で、あまりにも国際情勢の変化というところを強調したかったためにそのようなことになった」(8月3日、参議院の特別委員会証言)

 というのです。これと前後して安倍首相も、

「もとより法的安定性は重要な政府の考え方の柱だ。今後も注意深く行ってまいりたい」(8月3日、政府与党連絡会議)

 という発言をしています。つまり、「安保法制は法的に安定している」要するに「現行の憲法9条を改正することなく、解釈改憲で合憲性を確保することが可能」だということを、強調せざるを得なくなったわけです。

 つまり「安保法制が合憲なら、9条改正は不要」だという見解を強く確認した格好になっています。ここから一歩進めて「安倍政権として、この内閣では憲法改正はやらない」という「保証」を明らかにして、改めて世論との妥協を模索するというアイディア(本欄で提案したものです)を実現する流れに、これでまた一歩近づいたことになります。

 この「改憲を断念する代わりに、安保法制を通す」という妥協案に関しては、商社マンとして私よりもずっと「リアリズム」寄りの立ち位置で発言しておられる、吉崎達彦氏も『溜池通信』の中で言及されていますから、まったくのファンタジーでもないと思います。

 では、どうして安倍政権は、この時期に安保法制を急ぐのでしょうか? もちろん、アメリカ議会で「夏までに」と大見得を切った手前ということがあるわけですが、では、どうして「夏まで」なのかというと、理由は簡単です。9月に入ると、日本もアメリカも中国との関係改善に進む、そのような日程がセットされているからです。

 一方で習近平政権との関係改善を進めておいて、一方で安保法制の議論を進めるというのは、話の辻褄が合わなくなります。ですから、日米の「分担の組み直し」としての安保法制は、その前に実務的に通しておきたい、日程的にはそうした流れになっています。その際に、改憲を断念するということが明確になっていれば、それも中国との関係改善にはプラスに働くと思います。

 9月以降の流れの中で、日米が中国の習近平政権を「支える」、そして中国経済の「ハードランディング」を回避させるというシナリオがあるとすれば、それは「日米中の3カ国」のいずれにも「メリット」のある話です。その反対に、関係改善に失敗して、同時に中国株の暴落が世界経済の足を引っ張るようでは、大変なことになるわけです。

 その辺の日程の問題を考えれば、余計に「この内閣での改憲は行わない」という小泉内閣の前例にならった「保証」を見せて、安保法制を実務的に成立へ持っていく、そのような「世論と政権の妥協」を行う環境は整ってきたのではないでしょうか?

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

物価は再び安定、現在のインフレ率は需給反映せず=F

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 6
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 9
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story