コラム

又吉直樹氏の傑作『火花』は、日本文学を変えるか?

2015年07月21日(火)16時30分

 初出誌の『文學界』2月号がプリンストン大学の図書館に来ていましたので、早速読んでみました。キャラクターはよく描かれていますし、ストーリー展開も上手で、何よりも会話については、元来がプロである著者の技量が最大限に発揮されていて大変なクオリティだと思いました。

 さて、この『火花』が受賞した「芥川龍之介賞」というのは「純文学作品」に与えられるものです。では、「純文学とはなにか?」ということになりますと、「複数の解釈を許す抽象度の高い作品」、「政治思想や世界観を扱う前衛性または同時代性」、「文章表現における卓越性」といった要素が濃厚な作品ということになると思います。

 この『火花』は、「抽象性」と「思想性・同時代性」の要素も入っていますし、「文章表現」に関しては高水準にあることから、大衆小説であるとかエンターテインメント小説というカテゴリには収まり切らないと思います。ですから「芥川賞」で良いと思いました。

 では、どこにこの作品の価値、とりわけ文章表現としての価値があるのでしょうか?

 まず、この作品は「お笑い芸人」という作者自身の職人仕事に関して、緻密な描写を重ねることで、職業のイメージを活き活きと描写することに成功しています。

 これに加えて、あらゆる創造的な表現の仕事が直面する「難しい問題」に向き合って、それを果敢に扱っているばかりか、この「問題」について、ある正解に辿り着いているという評価ができます。

 それは、表現において「何が大切なのか?」という問いです。

 例えば、主人公の「師匠」である神谷というキャラクターのセリフには次のようなものがあります。ネタバレになってしまいますが、全編の途中の部分ですし、ストーリーには直接関係しないので、あえてご紹介することにしましょう。それは、


平凡かどうかだけで判断すると、非凡アピール大会になり下がってしまわへんか?

ほんで、反対に新しいものを端から否定すると、技術アピール大会になり下がってしまわへんか?

ほんで両方を上手く混ぜてるものだけをよしとするとバランス大会になり下がってしまわへんか?


 というものです。表現者の態度として何が正しいのか、芸術とは何か、そして芸術家の価値は前衛なのか、啓蒙者なのか、技量に長けたプロなのかといった、おそらくは「一番大切な問いかけ」がここではされています。

 そして、実はこのモチーフ、つまり「新しさか? 技か? バランスか?」という問いかけは、この『火花』という小説の全体を貫いているばかりか、文章表現においても、この点が常に意識されています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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