コラム

「3Dプリンター銃製造事件」がどうして「規制論議」になるのか?

2014年05月13日(火)13時21分

 日本で「3Dプリンター」で製造されたとみられる銃が見つかった事件を契機として、3Dプリンターに関しては、ユーザー登録や転売への許可制など、規制が検討されているという報道が続いています。またこれに関連して、「3Dプリンターが普及すると日本のものづくりが衰退する」とか「匠の技が機械で模倣されるのは困る」などという記事も見受けられます。

 ですが、日本のIT産業の発展、更には製造業の競争力維持には、3Dプリンターの普及は必要です。また3Dプリンターが独創的な使われ方をして、例えば日本の「精度の高い工作技術の伝統」「色彩やデザインの文化」などと融合しつつ、新しいカルチャーを創造して行くには、専門家だけでなく、多くの人々が簡単に3Dプリンターを入手できる環境は必要と思います。

 また、3Dプリンターは視覚障害者のコミュニケーションにも革命をもたらす可能性があります。彼らが「触って情報を受け取る」ことから発展して、「触るための情報を発信する」ことができれば、造型芸術や機能的なデザイン創造などの世界に、視覚障害者が本格的に進出することも可能になるからです。更に、日本の医療や介護、福祉の世界でも様々な器具や機器の開発や改良には、3Dプリンターの活躍する場は無限にあると思います。

 そう考えると、3Dプリンターの流通や使用に関する規制は、経済的・社会的損失を招きかねないことが分かります。特に、「目に見えるモノ」を作る活動を経済の大きな柱としてきた日本としては、そもそも「3Dプリンターの実用化」で出遅れていることだけでも大問題であり、その上で活用や普及にまで「足かせ」がされるようですと「第三次産業革命」と言われている「3Dプリンター革命」から、完全に取り残される危険もあるように思います。

 問題は、今回の事件に関する報道姿勢にあると思います。「誰にでも銃が作れて怖い」という報道ではなく、もっと多角的な報道で社会に広がった「不安感」を除去するとか、模倣犯の発生を防ぐと共に、「3Dプリンターのプラス面」をもっと伝えて行くべきと思います。

 まずアメリカの場合ですが、今回日本で使用された「設計図」が出回った際には大変な社会問題となりました。その結果として、実際に製造することを非合法化する方向で法整備が進んでいます。残念ながらアメリカは銃社会であり、「銃に関するいかなる規制強化にも反対」するという保守派がいるために、法規制は一歩一歩という感じですが、とにかく次の2つの観点から進められています。

 1つは、銃を3Dプリンターを使ってプラスチックで製造するというのは大変に危険な行為であり、これを非合法にしようという観点です。現在、一台が1000ドル(10万円)前後で大量に普及しつつある3Dプリンターというのは、樹脂を噴射したり積層したりして立体物を作るわけです。ですから原理的には、銃を作ることは可能ですし、仮に精巧に作られていて弾丸があれば「一回は」試射はできるかもしれません。

 ですが、可能なのは試射だけです。この点は模倣犯を防ぐためにキチンと報道していただきたいのですが、3Dプリンター銃では「2発目」は撃てないのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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