コラム

日本のエレクトロニクス各社はどうして苦境に至ったのか?

2012年02月03日(金)11時10分

 ソニーの4年連続での赤字決算とCEOの交代劇、シャープの赤字決算と暗いニュースが続いています。かつては、日本経済の牽引車の一つであったエレクトロニクス産業は、明らかに苦境に立っています。以前にこの欄でお話した内容と重なる部分もありますが、この機会にもう一度原因を整理しておこうと思います。

 一つは、ハードからソフトへ、モノの販売から関係性のビジネスへというビジネスの大枠の変換に対応できていないということです。例えば、音楽の販売や再生機器がそうです。かつては「ウォークマン」や「CDプレーヤ」などのモノ、あるいはジュエルケースに入ったCDというモノを製造し、販売し、所有させるというビジネスのスキームがあったわけです。

 ですが、現在は違います。音楽は主としてダウンロード販売であり、その買いやすさとか、サービスの信頼性などが最も差別化が可能な部分になるわけです。再生機器については各個人がそれぞれ使い勝手の良いものを選ぶ中、趣味性の高いものは少数でほとんどはコモデティ化していると言って良いでしょう。

 ソニーのストリンガー前CEOへの批判として「モノづくりの原点を見失った」のだから、モノに回帰せよというような論調がありますが、逆だと思います。あの英国出身の誇り高い旧型の音楽・映像産業出身の経営者は、モノからサービスと関係性へというシフトに「遅れを取った」からダメだったのです。

 もう一つは世界のそれぞれの文化圏におけるローカルな進化に遅れを取ったということです。例えば、スマホやSNSの普及などには、それぞれの地域の言語や文化・生活習慣などが関係してきます。ということは、各国のマーケットに食い込むためには、それぞれの地域性を理解することが必要で、場合によっては戦略のローカライズを進めなくてはならないわけです。ですが、日本のエレクトロニクス産業はこの点でも「最先端の品質と付加価値を目指せばそれが世界標準」だという神話に囚われていたわけです。

 この二つの問題は裏表の関係にあると思います。モノが中心でネットワークは大事ではないということから、あくまでモノにこだわり、同時にモノは「世界共通」だからという思い込みで各地域のローカルな事情に深く入ってゆく手間を惜しんだのです。

 モノにこだわったための失敗は、モノを先行させすぎてビジネスが立ち上がらないというパターンもあります。例えば『アバター』という1本の映画がヒットしたという事実だけで、何も考えずにTVとブルーレイ、ゲーム機などで「3D」にすれば儲かると思い込んで突っ込んでいったという例があります。

 この3Dテレビですが、現時点では失敗と言うべきでしょう。それはメガネが必要だから敬遠されたというような簡単な話ではないのです。『アバター』が成功したのは、島が空間を浮遊しているにも関わらず水は下に流れて大気は惑星に張り付いている、という荒唐無稽な設定を、3Dで表現すると擬似的なリアリティが出て心理的な異化効果を最大限にできるということをキャメロン監督が発明したからです。

 それ以上でも以下でもなく、また他の映画を3Dにしたら成功するということを保証するものでも何でもありません。それを何を勘違いしたのか「3Dテレビ」が新たな付加価値だから、「テレビ事業のコモディティ化防止」の戦略になると飛びついたのは、根本的な誤りとしか言いようがないのです。

 同じ3Dに関して言えば、3Dのカメラとか、3Dのビデオなどというものも出回っているようですが、こちらも話としてはタチが悪いと思います。写真には、広角レンズを使って被写体に迫るとか、背景に遠近法を入れるなど構図を工夫するとか、背景をボカして被写体を浮かび上がらせるというような「物理的には2Dだが、表現としては3D」になるような撮影技術というものが確立しているわけです。

 これが物理的に3Dになれば、表現としての3D効果を成功させるための撮影技法は全く変わってくると思います。ちょっと考えただけでも、3Dになった分だけ、遠近法の使用や背景を整理したほうが良いのか、逆に背景の情報を増やしても面白いのか、被写体やテーマによっても全く異なってくるのではないかと思われます。

 もっと言えば、懐かしい思い出の写真やビデオが3Dになった場合の懐かしさの残り方はどうなるのかというようなことは、全くの未知数なわけです。そうした表現方法への影響を何も考えず、新しい表現を楽しむネットワークの提案もせず、とりあえずモノとしての3Dカメラを発売しましたというのは、写真文化をバカにするものであり、消費者への裏切りではないかと思います。これでは、ハッキリ言って「トイカメラ(子供用のオモチャのカメラ)」の売り方です。

 フォーマットを提案することは新たな文化を要求するという問題が忘れられているのです。ちなみに、ソニーという企業は映画向けのCGの表現の技術とインフラでは、世界に冠たるものを持っているのです。にも関わらず消費者向けのエレクトロニクス文化の提案は全くできていないというのは、組織論だけでは済まない問題があるのではないでしょうか。いずれにしても、日本のエレクトロニクス産業の将来は、全体的な戦略への猛省なくしては有り得ないのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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