コラム

竜巻被害に泣いた予報士、ミズーリ州ジョプリンの悲劇

2011年05月25日(水)12時25分

 4月末のアラバマでの被害もそうですが、今春のアメリカは寒気と暖気の入れ替わりが激しく、竜巻の発生が多く深刻な被害が続いています。にもかかわらず私の場合は、日本の東北の津波被害の光景がどうしても念頭にあるものですから、「どうせアメリカの場合は保険で100%カバーされる」というような少々突き放した見方をしていたことを白状しなくてはなりません。

 ですが、この週末、22日の日曜日にミズーリ州のジョプリン町を襲った巨大竜巻のニュースは、そんな私の半端な気持ちを吹き飛ばしました。毎時190マイル(時速205キロ、秒速84メートル)という突風で構成された巨大ツイスターは、幅も約1キロ強という規模の大きなもので、それが地面を押しつぶすようにこの町の中心部を通過すると、何もかもを吹き飛ばし巻きあげて破壊していったのです。

 翌朝からのTVの報道は、30分のニュースのほとんどがジョプリンからの中継という構成になりました。とにかく竜巻の規模が巨大であったことと、人口5万人の中規模都市の中心部を直撃したということから、犠牲者の数はどんどん増え、本稿の時点で確認されている死者数は121人に達しています。これは「単独の竜巻」がもたらした被害としては、全米史上最悪のものだそうです。

 報道の中で話題になったのは、ウェザー・チャンネルという、今はNBCの系列になっている天気予報専門チャンネルのマイク・ベッテスという気象予報士のレポートでした。竜巻被害というのが日常化しているアメリカでは、気象学の専門家が「ある程度の危険を覚悟で」竜巻の追跡を行い「衝撃映像」を撮影してTVなどで売り物にするという文化があります。

 現在の日本の感覚からすれば「メディアが危険を冒して天災を追う」というのは態度として偉そうであり、万が一の場合は迷惑をかけるからということでタブーになっていますが、アメリカにはそうした自粛文化というのはないので、特にこのウェザー・チャンネルという局などは「竜巻追跡(ツイスター・チェイス)」に力を入れているのです。科学的な解説も伴った真面目な企画ということもあって、社会に受け入れられています。例えば、1996年のハリウッド映画『ツイスター』(ヘレン・ハント主演)はそのあたりを活写しています。

 ベッテス予報士は、その「追跡」を行っていた結果、偶然にも被災10分後のジョプリンから全米に生中継を行うという展開になったのでした。実は彼は被災直後に町の中心部に着いていたのですが、緊急車両の到着までは報道を控えてクルーと共に生存者の救出に注力していたそうです。

 その「10分後の中継」ですが、さすがにプロのレポーターだけあって、彼は「切れた電線は危険ですから近寄らないで」とか「本来ならケガ人を受け入れるべき病院が被災しており、今は緊急車両を待っているところです」などと冷静に報道していたのですが、「生存者がいないか必死で探しているんだ」という男性の声を受けて瓦礫の山に目をやった途端に嗚咽して何も言えなくなってしまったのでした。

 "It's tough... No doubt about that..."(「辛いです・・・他に言いようがありません・・・)という嗚咽しながらの彼のセリフは、その後、何度も様々なニュースで紹介されて行きました。彼はそのまま被災地にとどまり、翌朝もNBCの情報番組の生中継に出るなど「時の人」になった感がありますが、それと同時にこのジョプリンの被災が、並の竜巻被害とはスケールが違うということが全米に浸透していったように思います。

 長い間、"Hope for Japan" という日本向けの募金活動を大きく展開していた米赤十字は、今度は "Convoy of Hope"(「希望の護衛団」とか「希望を守りぬく」という意味)という名前で、このジョプリンへの救援を始めました。確かに被災家屋のダメージは相当部分が保険でカバーされるのですが、今回は人的被害が巨大であり、住民の生活再建をするには保険金では不十分、そうした事情も広まってかなり募金が集まっているようです。

 津波被害の場合は、救出か死かという過酷な二分法があるわけですが、逆に竜巻被害の場合は即死から重傷、軽傷まで様々な人的被害に幅があることが、こちらもまた過酷な現実としてあるわけです。一夜明けて7名の生存者が救出されたという報道がある一方で、救急対応で治療中の方でも容態悪化というケースもあり、更には瓦礫の下から亡くなった方もどんどん発見されるということで、厳しい数字がどんどん積み重なっているのが現実です。

 今回の竜巻被災に関して言えば、ベッテス予報士という「証言者」がいたこと、また直前にアラバマの竜巻被災、更には日本での津波被害という事件も人々の記憶にある中で、アメリカの世論の中にもある種の相乗効果といいますか「遠隔地の災害被害でも自分のことのように同情する」という心理が生まれているように思います。その意味で、日本とアメリカが不思議に結ばれているような感覚があります。報道をめぐるネットの書き込みには「日本の人々のような秩序と団結で乗り切ろう」というようなものも見受けられました。

 それにしても、地平線まで続く瓦礫の光景はTV画面を通して見ただけでも辛いものがあります。ベッテス予報士の言う "It's tough... No doubt about that..."というのは全くその通りです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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