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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
「シリー・バンズ」ブーム爆発、「日本化」するアメリカの子供たち
今年に入ってジワジワと人気が拡大していた「シリー・バンズ(Silly Bandz)」という文房具は、この5月に入って全米の子供たちの間で人気が爆発し、一種の社会問題になっています。この文房具(というよりオモチャ)ですが、一言で言えば「輪ゴム(ラバー・バンド)」です。輪ゴムにカラフルな色をつけ、シリコンで固めに(形状記憶風に)作っておいて、それにキャラクターや文字、シンボルといったデザインを施したものです。
遊び方の基本は、カラフルな「シリー・バンズ」をブレスレットのように腕にはめてファッションにする、そして時に応じて机の上に広げてデザインを楽しむというものです。アルファベットのものであれば、並べて何らかの言葉なり文を作って遊ぶことになりますし、動物や楽器、食べ物などのデザインならば、同じ種類で異なるデザインのものを並べるのも楽しいというわけです。特に、大きな要素は「コレクション」で、友達と競うようにして色々な種類のものを集めるのがブームになっているのです。
特にこの5月に入ってからは、全米の小学校などでは「勉強に集中できない」「友達同士で取り合いになってケンカになる」などの理由から校内持ち込み禁止にするような動きもあり、一方で、どうしても欲しいという子供のために、必死になって探し回る親の姿もあるようです。今週になって全米で色々な報道が出始めたので、まだ情報が錯綜していますが、ニュージャージーやアラバマが流行という面では先行しており、現在はテキサスとカリフォルニアに急速に火がついている、正に現在進行形の流行です。
ちなみに、この「シリー・バンズ」の原型は、日本のものです。朝日新聞(電子版)によれば、東京・浅草橋のデザイン工房アッシュコンセプトという会社が考案した商品で、2002年からニューヨーク近代美術館(MoMA)で販売されたのが発端だそうです。ただ、同社は米国では意匠登録をしていないので、現在大量に出回っているのは中国製などのようです。
ルーツが日本だというだけでなく、私はこの「シリー・バンズ」の流行には日本的なものを強く感じます。ポケモンカード、遊戯王カードなどの「収集」ブームに似ているという点がまずあり、男女を越えて流行している点も、どちらかといえば日本の「たまごっちブーム」などに似ています。それ以上に、文房具の延長に遊びの要素を入れたために「暇つぶしのために学校に持ち込む」というカルチャーには、従来のアメリカの学校文化が崩れつつあるのを感じます。
教師が徹底したコミュニケーションの訓練と教師としての権威を背景にして、それに各学年の指導のプロとして児童心理なども研究して「学級運営」を行う、アメリカの小学校にはそうした文化が残っています。ですが、それでも現在の子供たちには学校は退屈であり、授業中に「さぼる」ためにこうした「文具の延長のオモチャ」を持ち込みたいという流れになる、ここには「アメリカの教育が日本化している」という問題があるように思います。
発見や創造よりも、記憶や訓練、そして早期からの競争という、従来のアメリカの小学校には欠けていた要素が入ってきたのは、他でもない「80年代の日米構造協議」で日本の外交官たちが、アメリカに対して「君たちの教育は間違っているから膨大な中間層が育たない」と胸を張ったのに対して、アメリカがクリントンの教育改革などを通じて無骨にその日本のアドバイスを実践したからです。その結果として、良い意味で小学校の授業が「イヤなことまでちゃんと訓練されるような」子供へのプレッシャーの場となり、中にはサボりたい子供が「輪ゴムのオモチャ」を持ち込みたくなる、そんな流れがあるのだと思います。
もしかしたら、こうしたカルチャーはやがてアメリカのリーダーシップや創造性を蝕んでいくかもしれません。ですが、当面はオバマの言う「輸出型製造業の復権を」という政策にマッチした、そして80年代の日本が「お前たちには欠けている」と説教した「分厚い中間層」を育んでいくかもしれないと思います。日本のアイディアから生まれたオモチャが、そんなアメリカの子供たちのストレス解消になっているのは、とても納得できる現象だと思うのです。
ただ、日本としてはこれは喜んでばかりはいられません。中間層の破壊に走り、しかも少子化で若年人口も破壊してしまった日本は、この一学年当たり300万から400万人という21世紀生まれのアメリカの子供たちが「訓練された中間層」として労働力化したときには、それこそ吹っ飛んでしまうでしょう。日本の雇用は今は中国やインドに奪われているのかもしれませんが、やがてアメリカとも激しい競争になっていくのだと思います。逆にその膨大な人口を「市場」として押さえてゆくには、意匠登録などの知財管理をしっかりすることも必要でしょう。
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