コラム

ワールドシリーズと景気の関係

2009年10月28日(水)14時53分

 元ヤンキース監督のジョー・トーレ氏の率いるドジャースとの対決でも面白かったのでしょうが、結果的に昨年の覇者フィリーズとの対戦というのは相手に不足はないわけで、ワールドシリーズは例年にない盛り上がりになりそうです。とにかく、私の住むニュージャージーの中部は、ニューヨークもフィラデルフィアも通勤圏であるために、ヤンキースのファンとフィリーズのファンが混在しており、町では双方のシャツを着た人が目立つなど、刻々と雰囲気はヒートアップしてきています。

 純粋に野球としても、この両者の対戦は興味が尽きない組み合わせです。ドンと構えて選手に任せるタイプのフィリーズのマニエル監督に対して、緻密な作戦を好むヤンキースのジェラルディ監督。ヤンキース躍進の原動力となったサバシア、バーネット左右両エースと、アトリー、ハワードなどフィリーズの重量級打線の対決。フィリーズが獲得したベテランのペドロ・マルチネス投手と、同投手がレッドソックス時代に数々の乱闘騒ぎを繰り広げてきた因縁のヤンキース打線の対決・・・勿論、これに加えて松井秀喜選手にとっては、このワールド・シリーズでの活躍如何によって来季以降の残留が決まる運命のシリーズでもあります。

 ここのところ、ワイルドカード(2位の中で最高勝率のチームが敗者復活でプレーオフに参加権を得ること)から勝ち上がってきたチームがワールドシリーズを制覇することが多くなっていますが、今回の両者は、それぞれ2位チームに6ゲーム差、8ゲーム差をつけての堂々の地区優勝チームですし、プレーオフの2段階も王者に相応しい戦いで勝ち上がってきています。何よりも東部を代表する名門チーム同士ということもあり、歴史的に見ても1950年以来という両者の対決は、話題に事欠きません。

 さて、この赤(フィリーズ)と青(ヤンキース)の対決ですが、経済的効果も相当なようです。まず、シリーズのチケットですが、ヤンキースの場合、外野席でも最低104ドルというチケットは、両チーム共にシーズンチケット保有者に優先販売されていますが、あっと言う間に完売しているようです。それどころか、アメリカでは合法とされている転売市場では、プレミアムがついてマネーゲームの様相を呈しているのです。内野の良い席になると、1800ドル(この定価でも大変な値段ですが)だったものが、転売市場では2万ドル(日本円で約180万円)から最終戦のものは9万9千ドル(約900万円)にまで高騰しています。外野席でも、転売市場では最低450ドルという過熱ぶりです。

 またFOXが保有している放映権については、一説によると7年間で2ビリオン(1800億円)という巨額なもの(ワールドシリーズと、オールスター、プレーオフの一部とレギュラーシーズンの看板試合)だそうですが、今回のワールドシリーズ放映に関しては、広告のスポンサーはかなり獲得できているようです。ここまでのプレーオフの視聴率も悪くなかったようですし、FOXとしては、今年に関しては、大型契約の「元は取れる」と踏んでいるという報道もあります。

 ヤンキースは往年の日本の読売ジャイアンツのように「全国区人気」ではありません。あくまでニューヨーク州、コネチカット州の一部、ニュージャージー州の3州「トライ・ステート」のローカルチームです。ですが、「アンチ・ヤンキース」という人は全国に沢山いるそうで、その意味で全国的な存在感はあるのです。そのヤンキースが2003年にマーリンズに惨敗して以来、久々にワールドシリーズに「戻ってきた」というのは、野球界、そしてTV業界としても大歓迎というわけです。

 では、この「活況」はアメリカ景気の「戻り」を示しているのでしょうか? 熱狂する野球場と、そこに飛び交うカネを考えると一足飛びに楽観論に行きたいところです。ただ、1つ考えておかないといけないのは、今回の組み合わせ、ニューヨークとフィラデルフィアという地域の特殊性です。ニューヨークの証券界は、確かに1年前のリーマン破綻、AIGの経営危機などで激しい落ち込みを経験しています。ですが、その後、ゴールドマンやモルスタなどの急速な回復、そして景気に先行したダウの戻りなどで、既に最悪の事態は過ぎたという感覚が強いのです。

 また、フィラデルフィアという地区は銀行業の町です。PNC、シチズンズ、今はウェルズ・ファーゴに吸収されたワコビアなどは、本店は別の町や別の州にあるのですが、このフィラデルフィア地区に大きなオペレーションセンターを持っています。この業界も昨年のリーマンショック、いやそれ以前からのサブ・プライム破綻の続く中で、激しい痛みを経験しています。ですが、その問題も(一部銀行の貸し出しローンのクオリティにはまだ問題を引きずっているにしても)政府の介入で大きなヤマは越えているとも言えるでしょう。つまり、この2都市は銀行、証券という「問題を起こしながら早めに救済された」業種を代表する町だとも言えます。こうした地区が「景気の戻りを先導している」、その証拠としての野球人気ということは言えると思います。

 例えば、終盤にチームが崩壊して6ゲーム差をツインズに逆転されたデトロイト・タイガースなどは、闇の続く製造業の現状を反映していたとも言えるでしょう。負け続ける中で、ブーイングをする気力もなくなったファンの姿、そして怒ることもなくなった「かつての闘将」リーランド監督の姿には、何とも胸のつぶれる思いがしたものでした。

 では、偶然この2都市の対決になったからワールドシリーズは盛り上がっているだけで、全米の景気の戻りはまだまだなのでしょうか? 確かに今週末のハロウィンへ向けた商戦はかなり低調という速報も入っていますから、消費者のサイフのヒモは固いのかもしれません。ですが、アメリカ人というのは「いつまでもガマンする」ことはできない人たちです。ハロウィンは抑えても、肝心の歳末商戦ではカネを使うのではという気配もありますし、ワールドシリーズの視聴率が上がれば広告効果も出てくるように思います。仮にこの2チームが歴史に残る名勝負を繰り広げれば、その熱気が全国に伝わって、少しずつ消費を上向かせることにもなるかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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