プレスリリース

IEEEが提言を発表 機械学習でメンタルヘルスサービスの格差を解消

2025年06月27日(金)13時00分
IEEE(アイ・トリプルイー)は世界各国の技術専門家が会員として参加しており、さまざまな提言やイベントなどを通じ科学技術の進化へ貢献しています。

世界で10億人が精神疾患を患い、質の高い治療にアクセスできない状況の中、メンタルヘルスの問題に対する拡張可能なソリューションとして、AIチャットボットが普及しつつあります。機械学習(ML)ツールは、多言語による治療ガイド、ウェアラブルデバイスのデータ解析を通じた早期スクリーニング、個々の患者さんの治療反応の予測などに活用できます。専門家は、臨床的に検証されたAIメンタルヘルスツールが今後5年間で大きく拡大すると予測しています。
世界で約10億人が精神疾患を患っており、その多くが必要なリソースや質の高いサービスにアクセスできていません。低/中所得国では、精神疾患が急増している一方で、臨床セラピストの数は極めて限られています。
メンタルヘルスサービスのニーズ拡大に伴い、AIチャットボットを活用する人が増えています。
「デジタルヘルスツールは、医療格差を解消するうえで非常に重要な存在です」とIEEEメンバーのCarmen Fontanaは言います。遠隔の農村地域に住む患者さんは、スマートフォンのAIアプリでメンタルヘルスサービスを受けられるようになるかもしれません。言語が話せなくても、生成AIを活用したケアを母国語で受けられるようになります。
これは、従来のメンタルヘルスの診療を変革し、医療現場や患者さんにとって、メンタルヘルスの新たなツールとなる可能性があります。
IEEEフェローのチェンヤン・ルー氏(Chenyang Lu)は述べています。「機械学習は、メンタルヘルスケアに対する高まる需要と、医療従事者不足のギャップを埋めるものとなるかもしれません。AIチャットボットにより、スケーラブルで利用しやすい形でメンタルヘルスサポートが提供され、インターネット環境があれば、地理的、経済的な障壁に関わらず、誰でも基本的な治療ガイドやデジタルセラピーを受けることが可能となります。」


■メンタルヘルスケア領域におけるMLの活用
チャットボット利用の主な目的の1つとしてメンタルヘルスサポートが様々な指標で挙げられています。
ですが、このようなチャットボットは患者さんの求めるサポートをどの程度効果的に提供できているのでしょうか?
「こういったモデルはメンタルヘルス専用に構築されたものではありません」と話すのはIEEEメンバーのホイ・ディン氏(Hui Ding)です。「ですが、メンタルヘルスに関する質の高いデータセットでトレーニングすれば、精度および効率の面で、十分に満足できる成果を得ることができます。」
近年の機械学習の進化により、精神疾患やメンタルヘルスに対応する新しいツールが誕生しています。これらは一般向けのチャットボットとは異なり、人間の言語を理解し処理できるよう特別に構築されています。このような医療用大規模言語モデル(LLM)は一般的には、疾患の診断、推奨される薬、疾患の説明といったナレッジベースのコンテンツがより多く含まれています。
「最近では、生成AIや大規模言語モデルが人間のように自然な会話ができることで注目を集めており、メンタルヘルス領域への応用にも期待が高まっています」とLuは言います。
このようなツールはメンタルヘルス専門医の診療や診断を支援するものであり、「ウェアラブルデバイスのデータのパターンを解析して、うつなどの疾患の早期スクリーニングにつなげ、個々の患者さんが治療にどのように反応するかを予測することで、それぞれの患者さんに合わせた効果的な治療を提供できるようになります」と言います。
ですが、これらのモデルは、治療的な対話や共感といった、精神医学における別の重要な側面においては能力が不十分である可能性があります。
IEEEシニアメンバーのクリスティアーネ・ピメンテル氏(Cristiane Pimentel)は次のように述べています。「機械学習は精神疾患の診断における補助的手段とはなりますが、最終的な医学的評価の代替となることは絶対にありません。常に厳格な倫理的、臨床的な配慮が求められます。」


■データやバイアスの問題に対処する
メンタルヘルス領域で機械学習の活用が広がり、医療の行き届いていない地域に対する解決策となっている一方で、データのプライバシーや精度、バイアスに関する問題は依然として存在しています。
チャットボットがどのような種類のデータでトレーニングされたかにより、回答にバイアスがかかってしまう場合があります。例えば、ピメンテル氏は次のように話します。「調査がアフリカで実施されるとすると、その国や人々の状況は、おそらくカナダとは同じではないでしょう。そのため、モデルの信頼性や精度が下がる可能性があります。」
別の問題としてルー氏は一般化の問題を指摘しています。
「ある病院のシステムや患者集団でうまく機能したモデルが、別の環境ではパフォーマンスが落ちたり不安定になるなど、精度と信頼性の両方が損なわれる場合があります」と彼は言います。
また、LLMはハルシネーションと言われる嘘の情報を出力する場合もあり、臨床現場での活用における課題となります。
「このようなモデルはもともと臨床向けに設計されていません。不正確で誤解を招きうるような情報を生成する『ハルシネーション』を起こす可能性があり、信頼性や患者さんの安全にとって重大な問題です」とLuは言います。「このようなツールをメンタルヘルスケアに安全に組み込むためには、まず臨床的に検証し、注意深く監視することが非常に重要です。」


■メンタルヘルスケアにおけるMLの未来
MLとAIの臨床活用がひろがり、メンタルヘルスサービスと患者さんの間にある溝はどんどん小さくなっていくでしょう。ですが、そのためには、規制上の問題に対応し、持続可能な採用を可能にするための安全対策を整備する必要があります。
「今後5年間で、機械学習モデルは臨床向けに検証され、臨床試験や日常の診療、特に早期スクリーニングや個別化治療の選択に組み込まれていくと考えています。」とLuは言います。「信頼性の高いAI手法を採用し、臨床的に検証されたメンタルヘルスデータや臨床医のフィードバックを活用することで、メンタルヘルス用のチャットボットをより信頼性の高い、安全なものにできるでしょう。このような進歩により、AIによるデジタルメンタルヘルスケアが大幅に拡大し、高まるメンタルヘルスのニーズと限られた医療資源とのギャップを埋める一助となります。」


■IEEEについて
IEEEは、世界最大の技術専門家の組織であり、人類に恩恵をもたらす技術の進展に貢献しています。160カ国、40万人以上のエンジニアや技術専門会の会員を擁する非営利団体で、論文誌の発行、国際会議の開催、技術標準化などを行うとともに、諸活動を通じて世界中の工学やその他専門技術職のための信用性の高い「声」として役立っています。
IEEEは、電機・電子工学およびコンピューターサイエンス分野における世界の文献の30%を出版、2,000以上の現行標準を策定し、年間1,800を超える国際会議を開催しています。

詳しくは https://www.ieee.org/ をご覧ください。


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プレスリリース提供元:@Press
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