コラム

学校で起きた小さな事件が、社会システムの欠点を暴き出す『ありふれた教室』

2024年05月16日(木)18時49分

カーラの隠し撮りも、そんな大きな枠組みのなかで、意味が掘り下げられる。確かに彼女の財布から金は抜き取られていたが、動画に記録されていたのは、特徴的な模様のブラウスだけだ。それでも彼女は決定的な証拠と判断し、動画は見せずにクーンを問い詰めるが、逆に追い払われる。

そんな仕打ちをされて気が収まらないカーラは、その足で校長室に駆け込み、校長自身がクーンを呼んできて、決定的な証拠であるかのように動画を見せてしまう。激高したクーンは、息子のオスカーを連れて帰宅し、電話にも出なくなる。そのときになってはじめてカーラは、対応を間違えたかもしれない、これでは証拠不十分だと思う。

それは彼女が冷静であれば、予測できただろう。この校長は、事あるごとに不寛容(ゼロ・トレランス)方式を導入していることを強調する。ならば学校側は、厳正に対処するために、手続きにおいて規則を遵守すべきところだが、冒頭に描かれる強引な調査でわかるように、生徒に密告を促したり、強制を詭弁でごまかした調査をするなど、手順を踏む気がない。言葉を変えれば、校長や彼女に従う教師には「証明」が欠けている。

その結果、盗難をめぐる問題の収拾がつかなくなり、「証明」を忘れた「主張」ばかりが激しくせめぎ合い、保護者や生徒も巻き込んだ負のスパイラルが巻き起こり、学校は混乱に陥っていく。

本作のラストは様々な解釈ができるが、少なくとも「証明」の価値が見失われていないことが希望につながる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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