コラム

高校銃乱射事件で共に息子を失った被害者と加害者の両親の再会『対峙』

2023年02月09日(木)17時26分

加害者と被害者の両親の間には、誤解も生じ、溝が深まる

しかし、単にそうした共通点を指摘するためだけに、ここで本書を取り上げたわけではない。本書の内容と対比してみると、クランツの脚本の意図がより明確になるように思えるからだ。たとえば本書には、以下のような記述がある。


「事件から約1年後、亡くなった男子生徒の父親が連絡をくれた。私たちは2001年12月に彼を家に招いた。彼の寛大な気持ちに私は驚き、ディランがしたことを直接彼に謝罪し、彼が息子を失ったことをとても悲しく思っていると伝えられて、とても救われた。私たちは泣き、写真を見せ合い、子どもたちの話をした。彼は帰り際に私たちに責任はないと思うと言ってくれた。これ以上にありがたい言葉は考えられない」

これは全体から見ると例外的なエピソードといえる。デイヴ・カリンの『コロンバイン銃乱射事件の真実』にも書かれているように、犯人が自殺した場合、生きている両親は、世間からとことん責任を追及される。一方で両親は、訴訟を起こされているために、謝罪したくても発言や行動が制限される。そこで加害者と被害者の両親の間には、誤解も生じ、溝が深まる。


9784309205458.jpg

『コロンバイン銃乱射事件の真実』デイヴ・カリン 堀江里美訳(河出書房新社、2010年)

クランツはそうした現実を踏まえて、人物とその複雑な関係を練り上げている。ジェイとゲイルは訴訟を起こさなかった。夫妻が権利を放棄したのは、先ほど引用したエピソードのように、彼らが寛大だったからというわけではない。いたずらに対立を深めるような事件後の流れに納得できず、対面して話し合うことを選んだのだ。

但し、その目的は必ずしも明確ではない。もちろん原因を突き止めたいという気持ちは強い。だが、それだけではなく、ゲイルは胸に秘めたある決意をめぐって心が揺れ、ジェイには、犯人の両親が罰を受ける姿を自分の目で見たいという思いもあるようだ。

だから最初は会話が噛み合わない。ジェイとゲイルは、聞く耳を持たないようにも見える。これまで事件が頭から離れず、細かなことまで知っているため、相手が何を語っても同じ話を繰り返しているようにしか聞こえないのだ。だが、感情が込められた言葉は、たとえ既知のことであっても、次第に彼らに届くようになる。クランツはそうした微妙な変化を細やかに描き出している。

「なにかがおかしいことに気づいていなかったわけではない......」

さらに、もうひとつのポイントを説明するためには、まず、スーの手記から印象に残っている記述を引用する必要がある。

それは、コロンバインの事件が起きる一ヶ月ほど前の午後、自宅におけるスーとディランのやりとりだ。彼女は、ソファに座って宙を見つめているディランに、最近とても静かだが、大丈夫かと問いかける。立ち上がった彼は、宿題などでちょっと疲れているだけだといって、階段をのぼっていった。そんなやりとりの後に、こんな記述がつづく。


「なにかがおかしいことに気づいていなかったわけではない。けれどそれが生死に関わるような重大なことだと思わなかった。私はただ、ディランに悩みがあるようで心配だったのだ。事件以来、このときのやりとりを思い出さなかった日はない。なぜあのとき彼を追って階段をのぼっていかなかったのか自分でもわからない。遠くを見るような目----自殺学の専門家トーマス・ジョイナーは『千ヤード向こうを見つめる目』と形容している----は自殺の危機が差し迫っているサインであるが、よく見落される」

本作のリンダもまた、それと似た思いを胸に秘めている。クランツは、対面する4者がどのような関係を築いていけば、リンダがそれを口に出して伝えようとするのか、そして同じ母親としてゲイルがそれを受け止められるのかを考え抜いて、この脚本にまとめ上げている。それは、実際に作品をご覧になればおわかりいただけるだろう。

本作では、4人の俳優たちの迫真の演技に目を奪われ、深く考えさせられるが、それを引き出しているのは、鋭い洞察に満ちたクランツの脚本と演出だといえる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:「高市トレード」に巻き戻しリスク、政策み

ワールド

南アフリカ、8月CPIは前年比+3.3% 予想外に

ビジネス

インドネシア中銀、予想外の利下げ 成長押し上げ狙い

ビジネス

アングル:エフィッシモ、ソフト99のMBOに対抗、
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story