コラム

植民地時代のオーストラリアの復讐劇 性差別、アボリジニ迫害『ナイチンゲール』

2020年03月19日(木)18時10分

植民地時代のオーストラリア社会の現実......『ナイチンゲール』

<植民地時代のオーストラリアを舞台にした苛烈な復讐劇。女性とアボリジニ......現代に繋がる重要なテーマを独自の視点から掘り下げる>

ヴェネチア国際映画祭で2冠に輝き、オーストラリア・アカデミー賞で最多6部門の受賞を果たしたジェニファー・ケント監督『ナイチンゲール』では、植民地時代のオーストラリアを舞台に、苛烈な復讐劇が描き出される。この気鋭の女性監督は、徹底したリサーチによって暴力に満ちた草創期の現実に迫り、現代に繋がる重要なテーマを独自の視点から掘り下げている。

オーストラリアに流刑囚となったアイルランド女性

物語の設定は、1825年の流刑地ヴァン・ディーメンズ・ランド(現在のタスマニア)。ヒロインは、盗みを働いて流刑囚となったアイルランド人のクレア。彼女はその美しい容姿と歌声が一帯を支配する英国軍のホーキンス中佐の目に留まり、刑務所から連れ出され、兵舎で残りの刑期をつとめる年季奉公人となった。

すでに刑期を終えたクレアは、夫と幼子と暮らしているが、中佐は彼女を解放しようとせず、囚人として労働を強要し、性的虐待を加えている。堪り兼ねた夫が妻を解放するよう中佐に迫るが、取っ組み合いになってしまう。逆上した中佐は、部下とともにクレアをレイプし、夫と幼子を殺害してしまう。

自身の悪行のせいで昇進が危うくなった中佐は、上官に直訴するために島の反対側にあるローンセストンに向かう。復讐を決意したクレアは、先住民アボリジニの若者ビリーを案内人として雇い、中佐ら一行を追って危険な森を進んでいく。

オーストラリア女性の地位が低い理由......

本作でまず注目しなければならないのは、ヒロインの人物設定だ。社会史家のミリアム・ディクソンが書いた『オーストラリアの女性哀史』を知る人は、ケント監督の意図を察することができるだろう。

oba20200319aa.jpg

『オーストラリアの女性哀史』M・ディクソン 加藤愛子訳(勁草書房、1986年)

ディクソンは本書で、「オーストラリア女性の社会一般における地位が、何故、他の民主主義国より数段と低いのかという問題」を掘り下げている。彼女がその要因として詳述しているのが、「女囚」と「アイルランド人」であり、クレアはその両方に当てはまることになる。

そこでまず女囚について。当時、囚人は奴隷とみなされていたが、男性と女性では、背景や扱いがまったく異なっていた。流刑になる男性は重罪犯だったが、女性の場合は、45歳以下で健康であれば、すべて例外なく流刑になるのが慣例になっていたという。女囚が占める割合は囚人全体の15パーセントで、女囚の出身地については、47パーセントがアイルランドだった。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

-中国が北京で軍事パレード、ロ朝首脳が出席 過去最

ワールド

米政権の「敵性外国人法」発動は違法、ベネズエラ人送

ビジネス

テスラ、トルコで躍進 8月販売台数2位に

ワールド

米制裁下のロシア北極圏LNG事業、生産能力に問題
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 8
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story