コラム

インドの女性問題と階級格差を描く『あなたの名前を呼べたなら』

2019年08月01日(木)17時45分

『あなたの名前を呼べたなら』(C)2017 Inkpot Films Private Limited, India

<インドの大都会ムンバイを舞台に、メイドと御曹司との間に芽生える恋愛感情が細やかに描き出される。そして浮かび上がる階級と因習の壁......>

インド出身の新鋭女性監督ロヘナ・ゲラの長編デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』では、大都会ムンバイを舞台に、農村出身のメイド、ラトナと建設会社の御曹司アシュヴィンの間に芽生える恋愛感情が細やかに描き出される。本作のプレスでゲラ監督は、その関係について以下のように語っている。


「こういった関係を公にするということは、不可能に近いことですから、もし、実際にあったとしても、人々に知られないようにしているでしょう」

彼女は、階級が異なる男女に対する鋭い洞察や緻密な構成を駆使して、主人公たちを隔てる壁を崩し、あり得ない関係の背後にある現実を掘り下げていく。

インドでの女性問題とジェンダー

物語は、山間部にある実家に里帰りしていたラトナが、雇い主の都合で突然ムンバイに呼び戻されるところから始まる。アシュヴィンは海外で挙式するはずだったが、その直前に婚約者サビナの浮気が発覚し、破談になったのだ。そこで、意気消沈するアシヴィンと住み込みのメイドが、広々とした高級マンションで生活することになる。もちろん、その程度のことでは階級の壁は揺らがない。

だが、アシュヴィンを滅入らせているのは破談だけではない。彼はニューヨークでライターの仕事をしていたが、兄が亡くなったため父親の建設会社の後継者にさせられた。その父親は、現場をアシュヴィンに任せたにもかかわらず、うるさく付きまとい口出しをする。母親や姉も家に押しかけてきて、破談の一件を蒸し返す。

これまで金持ちは自由だと思っていたラトナは、次第にアシュヴィンに対する考えが変わり、思い切って自身の境遇を告白する。彼女は、勉強をしたかったのに、病気を隠していた男と結婚させられ、19歳で未亡人になった。村では未亡人になれば人生は終わる。だが、彼女はメイドとして働き、妹を学校に行かせ、まだ人生が終わってはいない。そんな言葉で彼を励まそうとする。

ここで少し補足しておくと、マラ・センの『インドの女性問題とジェンダー──サティー(寡婦殉死)・ダウリー問題・女児問題』では、寡婦の境遇が以下のように説明されている。


「寡婦は他の家族とは別に、いつも最後に、一人で、食事をしなければならない。公に姿を見せてはいけない。家族だけの儀式も含めて社会的な儀式に参加できない。頭をいつもおおい続けなければならない。あらゆる面で社会的な追放者である。この現実は何世紀にもわたって変わらなかった」

oba0801d.jpg

『インドの女性問題とジェンダー──サティー(寡婦殉死)・ダウリー問題・女児問題』マラ・セン 鳥居千代香訳(明石書店、2004年)

これは、ラージプート族の場合ではあるが、本作でも物語が展開していくに従って、ラトナが同じような境遇にあることが明らかになる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調

ビジネス

米フォード、4月の米国販売は16%増 EVは急減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story