コラム

ジョージアで起きた「アブハジア紛争」で続く不条理

2016年09月12日(月)17時05分

ザザ・ウルシャゼ監督、映画『みかんの丘』

<ソ連邦崩壊後、ジョージア(グルジア)で起きた「アブハジア紛争」は、94年に停戦合意したが、緊張はいまも続く。戦争の不条理さとともに、戦火の中でも人間として生きようとする人々の姿を描く>

アブハジア紛争は、94年に停戦合意したが、緊張はいまも続いている

 1991年にソ連邦が崩壊し、その一共和国だったジョージア(グルジア)は独立するが、ペレストロイカ以後に国内で表面化してきた民族対立が紛争に発展する。ジョージアに属する自治共和国だったアブハジアには、宗教、言語など独自のアイデンティティを持つアブハズ人が居住していた。アブハジアの統合を主張するジョージアの民族主義者に反発してきた彼らは、1992年に独立を宣言し、それを端緒に両者の間で激しい戦闘が繰り広げられ、国が荒廃することになった。

【参考記事】ロシアが狙う? もう1つの併合計画
【参考記事】ジョージアと呼ばれたいグルジアの気まぐれ

 このアブハジア紛争は、1994年に停戦合意が成立しているが、緊張はいまも続いている。アブハジアには多民族が混在していた。紛争勃発時にアブハズ人が占める割合は17%で、多数派だった20万人以上のジョージア人が郷里を追われ、いまも国内避難民として生きることを余儀なくされている。ヨーロッパにおけるマイノリティ問題を扱うオンラインジャーナル"JEMIE"に昨年発表された記事では、国内避難民となったジョージア人へのインタビューを通して、その記憶が掘り下げられている。彼らの言葉からは故郷に対する強いノスタルジーが浮かび上がってくる。

 ザザ・ウルシャゼ監督『みかんの丘』(13)とギオルギ・オヴァシュヴィリ監督『とうもろこしの島』(14)は、どちらもアブハジア紛争を題材にしている。ふたりの監督はジョージア出身だが、ジョージア側から紛争をとらえるような作品にはなっていない。

 『みかんの丘』の舞台は、アブハジアのなかでエストニア人が昔から暮らす集落だ。紛争が勃発し、多くのエストニア人が祖国に帰ったが、みかんを栽培するふたりの老人イヴォとマルガスだけが残っている。ある日、近くで戦闘があり、彼らは負傷したふたりの兵士をイヴォの家に運び、そこで介抱する。

 その兵士たちは、アブハジアを支援するチェチェン人のアハメドとジョージア人のニカだ。同じ屋根の下に敵兵がいることを知った彼らは殺意をむき出しにする。だが、イヴォが家のなかで殺し合いを許さないという毅然とした態度を示すと、兵士たちは命の恩人に敬意を払い、手を出さないと約束する。そして、兵士たちの関係が次第に変化していく。

 この映画でまず注目したいのは、アブハジアという土地をめぐる兵士たちの会話だ。チェチェン人のアハメドは、「おまえのような悪魔から小さい国を守る」ためにそこで戦っている。一方、アブハジアが自分の国だと信じるジョージア人のニカは、「歴史が分かるか?学校がなかったのか。読書はしたか。俺の国から出て行け」と応戦する。

 ニカは歴史について具体的なことはなにも語らないが、その「歴史」という言葉には、深い意味が込められているように思える。先述した"JEMIE"の記事には、それを理解するためのヒントがある。この国内避難民へのインタビューでは、20人の一般人と9人の歴史家が取り上げられている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、エヌビディアが独禁法違反と指摘 調査継続

ワールド

トルコ裁判所、最大野党党首巡る判断見送り 10月に

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ビジネス

無秩序な価格競争抑制し旧式設備の秩序ある撤廃を、習
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story