コラム

モラルなき中国の大国化に、台湾・香港の人々は尊敬を感じない

2022年06月01日(水)07時24分

香港に先に訪れた新冷戦の荒波

香港の問題は、香港人の力だけでは解決できない。香港は小さく、中国の主権下に入っている。香港人の声を北京が聞き入れる可能性は低い。では、運動の成果をあげるにはどうしたらいいか。それには、国際社会を巻き込んでいくしかない。多少の犠牲はやむを得ない。香港人の運動側がそのように考えたのは、自然な流れだった。

単なる平和的な抗議では事態が変わらないと考えた一部の本土派や独立派の若者たちは、非暴力にこだわらず、攻撃的に行動した。例えば、香港国際空港に押しかけて、フライトを麻痺させたことがあった。国際都市の人流ストップは香港経済を大きく損なう。空港占拠によって都市機能を麻痺させることで、民主運動を抑圧する「代価」を香港政府、中国政府に認識させる考えだった。

「香港が都市として繁栄を失うこともやむを得ない。香港政府も中国政府もいったん我々と一緒に滅ぶほうがいい」という思想は、いささか過激に思えるかもしれないが、新冷戦の対立構図に香港を巻きこみたいという彼らなりの「合理的な計算」に基づく戦い方であり、それはある部分で成功を収めていく。

nojimaweb220531_02.jpg

2019年の香港デモに現れた「香港人加油(香港人頑張れ)」のバナー Courtesy of Tsuyoshi Nojima

米中新冷戦の波に乗った蔡英文

台湾問題のグローバル化の予兆も香港と同じ頃に生じた。蔡英文というリーダーがこの難局で台湾をどこへ率いて向かっていくのか、最初はつかみかねた。苦境を一変させたのが香港情勢の悪化による台湾社会の危機感の増大であった。中国と厳しく向き合う姿勢を見せた彼女は2020年の総統選挙で、過去最高得票で圧勝を果たした。

2021年3月、日本と米国の外務・防衛の閣僚会合である日米2プラス2が開かれ、「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調することで一致した。これを皮切りに同年4月の日米首脳会談でも台湾海峡の平和と安定が共同声明で明記された。台湾問題が日米首脳会談で明記されるのは50年ぶりのことだった。

これは台湾問題について米国や日本の関与をとことん嫌い、「内政問題」と位置付けようと努力してきた中国の試みがセットバック(後退)したことを意味しており、台湾問題の「全球化(グローバル化)」がにじんだ。同年のG7首脳会議でも同様に「台湾海峡の平和と安定」が言及された。「台湾問題の格上げ」が2021年にかけて急速に進行した。

香港問題で英国まで敵に回す

かつては非同盟を掲げて第三世界の連帯を勝ち取った中国も、内心は気づいているのではないだろうか。中国を支持した人々、中国を好きだった人々は、中国に理想を求めるモラルを感じていた。大躍進政策で失敗しても、文化大革命で転んでも、中国への尊敬は消えなかった。しかし、いまの中国経済の成長はすごいと思うが、国のあり方に理想やモラルが感じられないというのが正直なところだ。

香港の混乱の原因は、中国政府にも、香港政府にも、香港の民主派にもあるだろう。中国政府は、譲れるところは譲って妥協点を見出し、民主派と親中派が共存しながら2047年という「高度な自治」の期限まで香港を「一国二制度」のままマネージメントしていく姿勢を見せるべきであった。

あからさまな一国二制度の否定は、米国や日本など各国の対中警戒論にドライブをかけ、最友好国だった英国を敵に回すことになった。なにしろ中国は、香港の返還を決めた中英共同声明を「歴史上の文書であり現実的な意義はない」と言い切ったのである。ここまでコケにされれば、英国も対中関係の戦略的見直しに入らざるを得なかった。

中国はこの3年間に起きたことを改めて振り返ってほしい。世界がどれほど中国に失望し、中国から離反し、中国と距離を置こうとしているか。台湾・香港問題のグローバル化を招いたのは、中国自身なのである。

nojima-web220524_02.jpg平凡社新書『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社)

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story