コラム

トランプはなぜあれほど強かったのか──経済政策でもたらした最大のインパクトとは

2020年11月24日(火)18時15分

トランプ主義の本質としての赤字財政主義

このように、トランプ政権の経済政策は、数字として明確に現れるような確固とした成果をもたらした。問題は、そこで本質的な役割を果たしたのは何かである。それに関してきわめて的確な分析を行っていたのは、ニューヨーク・タイムズ誌の2020年10月24日付の記事 「Trump's Biggest Economic Legacy Isn't About the Numbers」である(その邦訳は東洋経済オンライン2020年10月29日付の記事「トランプ『経済政策』がこんなにも人気の理由」である)。この記事は、その問題について以下のように論じている。


結論的に言えば、トランプ氏が経済政策面でもたらした最大のインパクトは、自らの想定とはかけ離れたものになるのかもしれない。それは、財政赤字に対するアメリカ人の常識を覆した、ということだ。

トランプ氏は企業や富裕層に対して大幅減税を行う一方で、軍事支出を拡大し、高齢者向けの公的医療保険"メディケア"をはじめとする社会保障支出のカットも阻止し、財政赤字を数兆ドルと過去最悪の規模に膨らませた。新型コロナの緊急対策も、財政悪化に拍車をかけている。

これまでの常識に従うなら、このような巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起こし、民間投資に悪影響を及ぼすはずだった。しかし、現実にそのようなことは起こっていない。

オバマ政権で大統領経済諮問委員会の委員長を務めた経済学者のジェイソン・ファーマン氏は、「トランプは財政赤字を正当化する上で、きわめて大きな役割を果たしている」と指摘する。

アメリカではファーマン氏をはじめ、連邦政府に対して債務の拡大にもっと寛容になるべきだと訴える経済学者や金融関係者が増えている。とりわけ現在のような低金利時代には、インフラ、医療、教育、雇用創出のための投資は借金を行ってでも進める価値がある、という主張だ。

周知のように、ニューヨーク・タイムズは、トランプ政権にとっての天敵とでもいうべき、リベラル系メディアの代表格である。しかしながらこの記事は、単純な政権批判の観点からではなく、トランプ政権の経済政策がアメリカ国民の多くによって支持されてきたという事実を率直に認める観点から書かれている。この記事はそれだけではなく、トランプ政権の政策が成果を挙げた最も重要なポイントが、赤字財政主義すなわち「赤字財政の許容」にあったという、きわめて的を射た指摘をも行っている。その筆致は、「財政ばらまき政策によって将来に禍根を残した」といった、日本のリベラル系メディアにありがちな赤字財政に対する紋切り型の決めつけとはまったく対照的である。

トランプが葬り去った伝統的保守派の緊縮主義

トランプ政権は確かに、それまでの共和党主流派とは異なり、減税や財政支出の拡大による財政赤字拡大に対しては、それあえて放置することを基本的な方針にしていた。トランプは、反緊縮を掲げるケインジアンたちとは異なり、そのような財政赤字の許容を、何らかの政策的な意図に基づいて行っていたわけではない。それはおそらく、トランプが自らの支持者たちが何を望んでいるかを追求する中で、結果としてそうなったにすぎない。しかし、トランプ自身が何を考えていたにせよ、財政に関するその基本的な姿勢は、明らかに反緊縮の側に位置付けられてしかるべきものであった。

その点に関して注目すべきは、オバマ政権時代にはあれだけ執拗に赤字財政批判を繰り返していた共和党主流派が、このトランプの財政赤字拡大政策にはほとんど何の抵抗も行わず、唯々諾々とその方針に従ったという事実である。アメリカの非営利調査報道団体であるセンター・フォー・パブリック・インテグリティが2019年4月に公表したレポート「The Secret Saga of Trump's Tax Cuts」が詳述しているように、共和党の一部には当初、減税による財政赤字の拡大を相殺するために、その代替財源として国境調節税等の導入を提案する声も存在してはいた。しかし、トランプ政権側にその提案が一蹴されて以降は、トランプ政権の財政赤字拡大政策に抗う動きは共和党からは完全に一掃された。これは、共和党主流派がその伝統的理念をいとも簡単にかなぐり捨てたことを意味する。

この共和党主流派の伝統的理念とは何であったのかを考えるためには、まずはトランプ政権以前にはこの党がどのような政治家たちによって代表されていたのかを思い出してみるとよいであろう。それはたとえば、2016年の大統領選予備選でトランプと最後まで共和党大統領候補の座を争ったテッド・クルーズやマルコ・ルビオである。より早い段階で脱落したその時の候補者の一人には、アメリカのリバタリアニズムを代表するロン・ポールの息子であり、父親と同様に共和党内の真正リバタリアンとして知られていたランド・ポールもいた。また、2012年の大統領選での共和党の副大統領候補であり、2015年から2019年には下院議長を務めたポール・ライアンも忘れてはならない存在である。さらにその以前には、2008年の大統領選での共和党副大統領候補であり、2010年11月の中間選挙では共和党ティーパーティー派のシンボルとして活躍したサラ・ペイリンなどもいた。

このペイリンなどがまさにその典型であるが、こうしたトランプ以前の共和党のスター政治家たちの多くが政治の表舞台に躍り出た契機は、リバタリアニズム運動の草の根版であるティーパーティー運動であった。リバタリアンは一般に、保守派の中でもとりわけ緊縮主義的傾向が強いことで知られている。そのような緊縮主義のイデオロギーが共和党内で強まっていたのは、それがオバマ政権の経済政策を批判するのに好都合だったからである。

彼ら共和党のティーパーティー系政治家たちは、「アメリカ経済の低迷は赤字財政の結果であり、その赤字財政はオバマ政権による有害無益な景気刺激策の結果である」と主張して、オバマ政権とその景気刺激策を攻撃した。そして遂には、議会でオバマ政権を圧迫し、「財政の崖」と呼ばれる政府財政支出の強制削減を実行させたのである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story