コラム

異次元緩和からの「出口」をどう想定すべきか

2017年04月10日(月)14時00分

日銀による長期金利操作を通じた出口

日銀が将来的に行う金融緩和政策からの出口は、かつての福井日銀のやり方も、また現在のFRBのそれも、参考にはされるにしても、そのままの形で踏襲されることはないであろう。というのは、既に市場関係者やメディアなどが予想しているように、日銀による異次元緩和からの出口の第一歩は、現在のイールドカーブ・コントロール政策の枠組みを維持しつつ、「長期金利目標の引き上げ」という形で行われる可能性が強いからである。

日銀は昨2016年9月に、10年物国債の金利をゼロに誘導する、長期金利操作政策を導入した。これは、昨年1月のマイナス金利政策の導入以降にマイナスの領域に落ち込んでいた長期国債金利を引き上げ、イールドカーブをスティープ化させること狙ったものであることから、イールドカーブ・コントロール政策と呼ばれた。それは、導入当初はさまざまな批判を浴びたものの、米大統領選におけるトランプの勝利後に生じた米長期国債金利の上昇という僥倖によって、結果として予想外の奏功を収めた。

【参考記事】日銀の長期金利操作政策が奏功した理由

日銀はおそらく、外的な状況が劇的に変わらない限り、現状の枠組みを維持しようとするであろう。うまく機能しているものをあえて変更する必要はないからである。そして、それが本当にうまく機能しているのであれば、それなりの時間はかかるにしても、やがては完全雇用が達成され、賃金と物価が上昇し始めることになる。インフレ率はその時、一時的には目標とされている2%をオーバーシュートするかもしれない。その場合、日銀はまずは、現在はゼロとされている長期金利目標を徐々に引き上げることによって、インフレ率の加速を抑制することになるであろう。

ところで、中央銀行は伝統的に、長期金利ではなく、短期市場金利を政策の操作目標としてきた。その理由は、金利水準をピンポイントで誘導することは、短期金利よりも、期待の役割がより重要になる長期金利の方が難しいからである。そのことを考えると、日銀による長期金利目標は、固定相場制における為替バンドのように、目標水準の上下に上限と下限を定めた一定の許容変動幅を持つ「帯域」として設定されるかもしれない。日銀はその場合、金利の上限においては無制限の国債買いオペによって金利上昇を抑制し、金利の下限に対しては逆の調節を行うことで、長期金利を一定の変動幅で安定化させることになる。

日銀はいずれにしても、完全雇用が達成されてインフレ率が加速しつつあるような状況になれば、この長期金利の誘導目標あるいは目標バンドを、徐々に引き上げていかなければならない。そうでないと、インフレ率の加速を抑制できなくなるからである。その調整のスピードやタイミングがきわめて重要なのは、伝統的な短期市場金利操作の場合と同様である。その長期金利引き上げは、遅すぎればインフレ率を加速させてしまうし、早すぎれば経済をオーバーキルして不況やデフレに逆戻りさせることになる。

重要なのは、日銀バランスシートの縮小という意味でのテーパリングあるいは「出口」は、この長期金利引き上げの結果として、自ずと実現されるという点にある。というのは、金利とベースマネーの供給量との間には、「一方を決めれば他方はそれに依存して決まり、両方を同時に決めることはきない」という関係が存在するからである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏「キーウに最大規模の攻撃」、西側にロ

ワールド

イスラエルはガザで「絶滅」という罪犯した、国連調査

ビジネス

アングル:米アルミメーカー、トランプ関税で大きな恩

ビジネス

アングル:自動車業界、レアアース不足で「パニック状
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 5
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 6
    「白鵬は、もう相撲に関わらないほうがいい」...モン…
  • 7
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 8
    救いがたいほど「時代錯誤」なロマンス映画...フロー…
  • 9
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 10
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 4
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 7
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 8
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 9
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 10
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story