コラム

慰安婦問題、歴史的合意を待ち受ける課題

2015年12月29日(火)23時24分

 第1に、最も重要なのは、合意にある「全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やし」のための努力を、これからも誠意をもって行うことである。これこそ、朴大統領が日本側に繰り返し求めてきたことである。日本政府はアジア女性基金などにより、韓国政府も支援金の支給などによりそれぞれ真摯に取り組んできたが、今後は日韓両政府が協力して事業を行うことになる。双方とも一方的な責任逃れは許されない。

 今回の合意で「表明した措置が着実に実施される」ことが、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決される」前提となっていることから、日韓が協力して「名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やし」に最大限の努力を傾ける必要があることは言うまでもない。

少女像の撤去は慎重に

 第2の課題は、韓国政府が果たして国内世論、特に元慰安婦支援団体の理解を得ることができるのか、である。日本側がもっとも懸念するのはこの点であろう。なぜなら、日本政府が関心を寄せ合意にも盛り込まれた日本大使館前の少女像の今後は、韓国政府が関連団体を説得できるのかにかかっているからである。韓国政府と関連団体の協議が不十分なまま少女像が撤去あるいは移転されることになれば、合意に対する韓国世論は大きく悪化するであろう。そうなっては、合意自体が意味を失いかねない。国民感情にいかに慎重に対応していくかが朴大統領には問われている。

 今回の合意について、元慰安婦支援団体が否定的な反応を見せているのは大きな懸念材料ではある。しかし、韓国メディアの多くが、慎重かつ留保付きではあるが合意を肯定的に評価し、今後の合意履行に注目している点にも留意する必要がある。

 全ての元慰安婦、支援団体、韓国世論が百パーセント満足することは現実的には不可能であるが、それでも今回の合意を「次善の策」として受け入れる可能性はあるとみる。この合意を、朴大統領の言う「被害者が受け入れ、国民が納得できる解決策」にどこまで近づけることができるか、まずは新しくできる財団をどう運営していくのかが試金石となる。

互いの重要性に気づいて

 第3に、慰安婦問題をはじめとする歴史認識をめぐって悪化し続けた日韓両国の国民感情をどう回復していくか、である。今回の合意は、共同記者発表で尹長官が最後に述べた「新しい日韓関係を切り開いていく」ための第一歩にすぎない。政府間合意に対する日韓両国民の理解と支持を得るためには、悪化した国民感情を解きほぐしていかなければならない。しかし、慰安婦問題以外にも、元徴用工の裁判や竹島の問題など、歴史認識に関する懸案は近年その深刻さを増すばかりである。双方の国民感情がすぐに改善することはないであろう。

 それでも、安倍首相、朴大統領は今回、歴史的とも言える政治決断を下した。その決断の意味、そして日韓関係および協力の重要性を、両首脳は日韓両国民に対して積極的かつ真摯に語るべきである。この数年間、日韓双方とも相手との関係がどれほど重要なのかを見失いつつあった。困難な合意を成し遂げた今こそ、両指導者は短期的な感情論とは決別し、長期的なビジョンを掲げて隣国との関係を新しく築く決意を示し、それを実践するときである。

プロフィール

西野純也

慶應義塾大学法学部政治学科教授。
専門は東アジア国際政治、朝鮮半島の政治と外交。慶應義塾大学、同大学院で学び、韓国・延世大学大学院で政治学博士号を取得。在韓日本大使館専門調査員、外務省専門分析員、ハーバード・エンチン研究所研究員、ジョージ・ワシントン大学シグールセンター訪問研究員、ウッドロー・ウィルソンセンターのジャパン・スカラーを歴任。著書に『朝鮮半島と東アジア』(共著、岩波書店)、『戦後アジアの形成と日本』(共著、中央公論新社)、『朝鮮半島の秩序再編』(共編、慶應義塾大学出版会)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story