コラム

慰安婦問題、歴史的合意を待ち受ける課題

2015年12月29日(火)23時24分

日韓外相会談後、韓国の朴大統領を表敬訪問した日本の岸田外相 Kim Kyung-Hoon-REUTERS

 第1回目のコラムとしては重いテーマとなるが、直近の重要な動きなので慰安婦問題に関する日韓の合意について書いてみたい。

 日韓国交50年の節目も終わりが近づいた2015年12月28日の午後3時半、岸田文雄外務大臣と尹炳世外交部長官は共同記者発表を行い、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決される」との合意を発表した。これまでの両国外交当局の努力、そして安倍晋三首相と朴槿恵大統領の政治決断をまずは高く評価したい。

 慰安婦問題は1990年代以降、日韓関係の大きな懸案であり続けてきたが、特に2011年末以降は、日韓両国の対応を「外交戦」と捉え、「勝ち負け」で論じるゼロサム的発想が両国世論を支配しつつあった。しかし今回の合意は、日韓両政府がそのような発想からの脱却を実践したことに大きな意味がある。今回の合意を、慰安婦問題は日韓どちらか一方の努力や措置では解決できず、日韓共同の取り組みと協力により解決していくべき、との両国政府の強い決意表明と受け止めたい。但し、重要なのはこれからである。この合意を履行していくには、合意に至るまでに傾けた以上の努力が日韓双方に求められるはずである。

 これまでの日韓関係における慰安婦問題の経緯を踏まえつつ、今回の合意の評価と課題をそれぞれ3点ずつ指摘したい。

安倍首相がお詫びの主語に

 第1の評価は、いわゆる「法的責任」問題についてである。この問題に対する日韓両政府の立場には埋めがたい溝があった。1965年の請求権並びに経済協力協定によって「完全かつ最終的に解決された」(同協定第2条1項)との立場を堅持する日本政府に対して、韓国政府は、「反人道的不法行為」である慰安婦問題は同協定によって解決されたとみなすことはできず日本政府の法的責任は残っている(2005年日韓会談外交文書公開の後続措置に関する民官合同委員会の発表)、との立場をとってきた。両国政府の立場変更は望めないことから、この問題で妥結点を見出すのは極めて困難であるとみられてきた。

 今回の合意をみると、日本側は従来の立場を維持しつつも、「日本政府は責任を痛感している」、「安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、(中略)心からおわびと反省の気持ちを表明する」と、これまでより踏み込んだ表現を使うことで韓国側に歩み寄った。韓国側にとって最善の「法的責任」という言葉はないが、責任とお詫びの主語を「日本政府」、「安倍内閣総理大臣」とすることで韓国側と妥結に至ったのである。これまで韓国側は、安倍首相の「歴代内閣の立場を引き継ぐ」との言葉を消極的に受け止めてきたが、今回、日本側が主語をはっきりさせて責任とお詫びを言明したことを積極的に評価したはずである。

プロフィール

西野純也

慶應義塾大学法学部政治学科教授。
専門は東アジア国際政治、朝鮮半島の政治と外交。慶應義塾大学、同大学院で学び、韓国・延世大学大学院で政治学博士号を取得。在韓日本大使館専門調査員、外務省専門分析員、ハーバード・エンチン研究所研究員、ジョージ・ワシントン大学シグールセンター訪問研究員、ウッドロー・ウィルソンセンターのジャパン・スカラーを歴任。著書に『朝鮮半島と東アジア』(共著、岩波書店)、『戦後アジアの形成と日本』(共著、中央公論新社)、『朝鮮半島の秩序再編』(共編、慶應義塾大学出版会)など。

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