最新記事
シリーズ日本再発見

「恋多き女」和泉式部が死を覚悟しながら、歌を贈った相手とは?...英語で読む『百人一首』

2024年12月07日(土)08時30分
ピーター・J・マクミラン (翻訳家・日本文学研究者)
百人一首

kscz58ynk-photo-ac

<英語で読めば、『百人一首』の理解がもっと深まる...。『百人一首』の翻訳者として知られる、ピーター・J・マクミラン氏が百首の謎を一つ一つ解き明かす>

男性が女性のふりをして和歌を詠んだのはなぜか? 主語のない歌をどう解釈するのか? 

『百人一首』の翻訳者として知られる、ピーター・J・マクミラン氏が『百人一首』の百首の謎を一つ一つ解き明かしていく...。話題書『謎とき百人一首──和歌から見える日本文化のふしぎ』(新潮社)より「56 和泉式部」の章を抜粋。


 
◇ ◇ ◇


あらざらんこの世の外(ほか)の思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな

As I will soon be gone,
let me take one last memory
of this world with me──
may I see you once more,
may I see you now?

【現代語訳】私は死んでこの世を去っていくでしょう。あの世への思い出として、もう一度あなたに逢うことが叶えばいいなあ。

この歌の出典である『後拾遺集』の詞書によれば、病床から恋の相手に贈った歌で、死を覚悟しながらも、その前にもう一度恋人に逢いたいという痛切な願いが詠まれた歌である。

作者の和泉式部が恋多き女性として知られていたこともあり、この歌を贈った相手を藤原保昌(やすまさ)や橘道貞(みちさだ)とする説があるものの、実際のところは不明だ。

「あらざらん」は、自らが死んでこの世に存在しなくなるであろうという意で、二句目の「この世」にかかっている。

「この世の外」は死後の世界、来世のことで、「もがな」は願望の終助詞である。この初句で表現される切迫した死の瞬間は、修辞的な誇張表現かもしれないが、哀愁を漂わせ、この歌を強く印象づけるものとしている。

和泉式部は優れた歌人でもあり、個性的な歌を数多く詠んでいる。いくつか紹介してみたい。


刈藻(かるも)かき臥(ふす)猪(ゐ)の床のゐを安みさこそねざらめかからずもがな

(『後拾遺集』)

【現代語訳】枯れ草をかぶって床に伏し、安らかに眠る猪(いのしし)ほどは熟睡できないとしても、ここまで眠れないということがなければ良いのになあ

実に美しく独創的な歌だ。この歌は、自身が眠れないということと、枯れ草で寝床を作り、よく眠るとされた猪とを対比している。身分のある女性が自分と野生の猪とを比べるのはとても斬新だ。


黒髪のみだれも知らず打臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき

(『後拾遺集』)

【現代語訳】黒髪が乱れるのもかまわずに横になると、私のこの髪をまずかきやってくれたあの人のことが恋しく思われる

この歌は単に男性を恋い慕う歌ではなく、初めて床を共にした男性が髪をかきやってくれた感触をまたもう一度と、再会を願うものだ。

具体的な経験を取り入れた言葉に生々しいリアリティーを感じる。無邪気さと艶っぽさとの組み合わせによって、時代を超えた力をもつ歌になっている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米上院、ミラン氏をFRB理事に承認 CEA委員長職

ワールド

豪経済見通し、現時点でバランス取れている=中銀総裁

ワールド

原油先物横ばい、前日の上昇維持 ロシア製油所攻撃受

ワールド

クックFRB理事の解任認めず、米控訴裁が地裁判断支
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中