コラム

甦ったジミー・ペイジの「遺産」

2012年10月19日(金)19時30分

 今から4年前の8月の終わりの日曜日の夜。北京オリンピック閉幕式の生中継を横目で見ながら会社で次週発売号の最後の編集作業をしていると、聞き慣れた、だけどどこか懐かしいギターのリフが耳に飛び込んできた。ふとテレビに目を向けると、二階建てロンドンバスの屋上にレスポール・ギターを抱えた黒づくめで白髪の老人が立っている。

 ジミー・ペイジだ。

 髪の毛こそ真っ白になっているが、唇を突き出したおなじみの表情で腰だめに構えたレスポールをうならせる。イギリスの女性歌手レオナ・ルイスを従え、ロンドン五輪のプロモーションのために『胸いっぱいの愛を』を演奏するペイジは、60歳を超えているはずなのにプレイスタイルも醸し出す雰囲気も、昔と本質的に何も変わっていない。すでに彼の音楽を日常的に聞かなくなって久しかったが、そのたたずまいが30年の時を経てほかの何者でもない「ジミー・ペイジ」であることに、言いようのない感動を覚えた。

 ご存知の通り、ペイジはロック史に燦然と輝く「完全無欠のバンド」レッド・ツェッペリンのリーダーにしてプロデューサー、そしてギタリストである。ドラムのジョン・ボーナムの死去でバンドが80年に解散した後、いくつかのバンドに参加したが、新たな創作活動よりむしろレッド・ツェッペリンの遺産を守り、次の世代にその価値を引き継ぐことにそのエネルギーを費やしてきた。

 そのレッド・ツェッペリンが07年12月に一度だけロンドンで再結成された。ペイジとボーカルのロバート・プラント、ベースのジョン・ポール・ジョーンズというオリジナルメンバーにドラムとしてボーナムの息子ジェイソンを加え、計16曲を演奏。そのライブ映像『祭典の日(奇跡のライブ)』が11月21日にDVD・ブルーレイとして発売される。

 東京で開かれた試写会を見るまで、正直大きな期待はしていなかった。どのバンドとは言わないが、再結成を繰り返し、もはや原型をとどめない無惨な姿に変わり果てた往年のロックスターたちを見てきたから、「再結成」に過剰な期待はしないよう自己防御スイッチが自然と入るようになっている。

 ところが予想はあっさりと裏切られた。プラントの往年のハイトーンこそ失われているが、オリジナルメンバーのプレイ、特にペイジは70年代のライブに引けを取らない充実ぶりで、『グッド・タイムズ・バッド・タイムズ』から『カシミール』まで、「ジミー・ペイジとレッド・ツェッペリン」を再現し切った(当然、バイオリンの弓とテルミンも登場する。『アキレス最後の戦い』の演奏がなかったのが個人的には残念だったが......)。

 ただ再結成ライブからDVD・ブルーレイの発売まで、なぜ5年もかかったのだろうか。

 レッド・ツェッペリンの遺産を守るばかりで、新たな音楽活動に挑戦しないペイジに対する批判はファンの間に根強く存在する。まじめに「遺産保護」にだけ取り組んできたかといえば、85年のライブエイドの再結成ではひどい演奏を披露した。

 とはいえ20代でとんでもないヒーローになってしまった男が、かつての大看板を背負ってその後の人生をどう生き、どんな表現活動を続けるべきか。ペイジが若くて残してしまった大き過ぎる遺産のプレッシャーと、バンド解散後の30年間格闘し続けてきたのもまぎれのない事実だろう。

 試写会に合わせて来日した東京での会見で初めてペイジ本人を見て、背の高さと手足の長さに驚かされたが(ギターのストラップをあれだけ長くできるわけだ)、それ以上に意外だったのは、そのアーティストとしての繊細さだ。

来日したジミー・ペイジ (c)Nagaoka Yoshihiro

来日したジミー・ペイジ © Nagaoka Yoshihiro


 68歳になるロックの世界の大御所なのだからどんと構えているのかと思えば、質問を待つ間はまるで14歳の少年のように落ち着かず、もじもじとしている。映画とコンサートの出来についても、観客の悪評を本当に心の底から心配しているようだった。ロンドンでの会見で、ペイジはライブ終了からDVD・ブルーレイのリリースまでなぜ5年もかかったのかと聞かれ、「客観的に映像を見られるようになるまで2年間かかった」と答えている。一方で、その繊細さこそがレッド・ツェッペリンをレッド・ツェッペリンたらしめた「核心」でもある。このバンドの音楽を際立たせているのは、ギターの破壊的なディストーション・サウンドと繊細なアルペジオの絶妙なバランスだ。

 数週間準備して臨んだこの再結成ライブは、ペイジにとってのまぎれもない総決算だったのだろう。その総決算は「完全無欠のバンド」の名に恥じない出来だった。東京でのペイジの「あの素晴らしいコンサートの後、2、3年前には(レッド・ツェッペリンとして)カムバックすることも頭をよぎった」という言葉がそれをはっきり示している。

 この再結成ライブが行われた後、ペイジはU2のエッジ、ホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトとセッションしたドキュメンタリー映画『ゲット・ラウド』を撮影、さらに北京五輪のフィナーレに参加......と、翌08年を精力的に活動する。一連の演奏を自らの集大成にするつもりだったのではないだろうか。

「......でも、そういうこと(再結成)にはならなかった。つまりは、そういうことだ」と、ペイジは東京で語っている。おそらくレッド・ツェッペリンが恒常的に活動するバンドとして再結成されることはないし、オリジナルメンバーが集まって演奏することもこれが最後かもしれない。でも、それでいいのだと思う。68歳のペイジが、「ニュー・ヤードバーズ」ことレッド・ツェッペリンとしてデビューした24歳のころと同じように簡単にプレイできるはずもない。完璧主義で繊細なペイジ自身が誰よりそのことを理解しているはずだ。この再結成ライブのリリースに5年かかったのも、ギタリスト人生のすべてを吐き出すような演奏を、ペイジ自身が消化するのにそれだけの時間が必要だったということなのだろう。

 ロックスターや関連する業界が70年代、80年代ほど稼げなくなって久しい。元オアシスのノエル・ギャラガーは「ロックスターは絶滅する」と語った。若い世代にとって絶滅した恐竜でしかないレッド・ツェッペリンの再結成ライブ映像が話題を呼ぶこと自体が、ロック音楽の苦境を雄弁に物語っている。

 それでも映画の中のペイジは実に楽しそうだ。その笑顔を見ているだけで、こちらも幸せな気分になれる。やはり、それでいいのだと思う。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

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ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

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