コラム

大津いじめ事件を歪曲する罪

2012年08月02日(木)14時25分

「お祭り騒ぎ」――これが先月、中2いじめ自殺事件の渦中にある大津市の中学校を訪れたときの印象だ。ただし騒いでいると感じたのは、大津市でも、問題の中学校でもない。現地を訪れて逆に「祭」に見えたのは、ネットやマスコミでの騒動だ。

 大津市に取材に行ったのは、ネットで加害者生徒たちや担任教師の個人情報暴きが加速し、マスコミでも連日この問題がトップニュースで取り上げられていた最中のこと。そんな状況にあって、現地は驚くほど静まり返っていた。

 朝、問題の中学校を訪れると、生徒たちがマスコミを警戒するような神妙な面持ちで登校してくる。広いグラウンドには部活動の朝練をする生徒の姿もなく、校門には「本校関係者以外の方(報道関係者や一般の方)の校地内への侵入・取材をお断りいたします。 学校長」という張り紙が。生徒たちはこちらを見るとマスコミだとすぐにわかるらしく、一瞥して、たいていは目を合わせない。逆に「おはようございまーす」 とからかってくる男の子が1人だけ。茶髪の子や化粧っ気のある子は見かけず、一見すると純朴そうな普通の公立中学生たちだ。

  これが、あの「問題校」なのか? こうした疑問をぬぐえないまま取材を続けていると、何かを訴えるような気迫のある目をした男子生徒に出会った。いじめの現場を目撃した1人で、事件について話してもいいと言う。登校途中だったので時間を改めて取材することにして、自宅の電話番号だけを聞いた。すぐにその番号に電話をすると男子生徒の母親が出て、「息子はこれまでマスコミに話かけられても話さなかった。でも、『今度話しかけられたら、オレ、言うわ』と言っていた」と教えてくれた。いまだに保身に走るばかりの学校側に不審と不満が募り、マスコミに自分が知り得る限りの事実を話そうと思ったという。

  この生徒やその母親から話を聞いた印象では、ネットで膨れ上がった「問題校」というイメージとは違って、生徒たちは今回の事件を重く受け止めていた。生徒同士で「校長の言っていることに、誠意を感じられるか?」といった会話が飛び交い、学校が頼りにならない今、自分たちにできることは何かと真剣に考えている。生徒たちがマスコミに相次いで証言しているのも、自分たちの手で事実を明らかにし、加害者生徒に反省を促したいとの思いからだという。

 このような中学生を前にすると、ネットで加速する個人情報暴きはいじめを失くすことにつながるのかと、疑問を抱かずにはいられない。「いじめをなくすためのキャンペーン」というより、「暴くこと」自体を目的化してはいないか。学校に脅迫文を送ったり、加害者の親の勤め先(とされる場所)に嫌がらせをすることで、いじめはなくなるのだろうか。暴いて槍玉に挙げるだけの単なるバッシングは、いじめ問題を結局は「他人事」とみていることの表れではないか----。

 今回の大津の事件に関しては、一部メディアにもバッシングに便乗したのではないかと思える報道があった。ある女性週刊誌は、『中2自殺問題の中学校 11年前にも生徒がいじめで死んでいた』という自称「スクープ」記事を掲載。現在問題になっているA中学を「11年前からのいじめの巣窟」という構図に仕立て上げる記事だが、実際には11年前に犠牲となった青木悠くんは今回のいじめ事件の中学校を既に卒業していた「高校生」で、加害者は大津市内の別のB中学の5人。しかも今回のような学校での「いじめ」が原因ではなく、不良グループによる「集団暴行」で死亡した事件だった。

 このような描き方をしたのはメディアだけではない。自民党の片山さつき議員も7月21日付で「滋賀 大津 いじめ自殺事件について、2001年青木君リンチ殺人事件、欧米におけるいじめ。」と題するブログをアップし、「2001年の大津での青木君リンチ殺人事件は、凄惨なもので、加害者は少年院、その後賠償支払いとなりましたが、見張りにたった3人は、A中学生でした。」と書いた(片山議員のブログではAには中学校の実名入り)。片山議員が名指ししたのは今回問題になっている大津の中学だが、先にも述べたとおり11年前の加害者は見張り役の3人を含めて5人とも別のB中学なので、片山議員のブログは事実誤認も甚だしい。青木悠くんの母親に取材したところ、「事実と全然違う。何を見てこんなことを書いたのだろう」と困惑していた。

 さらに片山議員は、「この3人に対する賠償請求裁判は、最高裁までいきましたが、認められませんでした。その当時のA中学の校長が、現在の大津の教育長であることが、『ああやっぱりね』的に指摘されています。」とも書いているが、これは単なる「こじつけ」だろう。大津市教育委員会に確認したところ、澤村憲次教育長がA中学の校長を務めていたのは2006年4月~2008年3月と、見張り役3人(B中学)に対する裁判期間(2004年1月~2008年2月)と確かにかぶってはいる。ただし、教育委員会によれば澤村教育長が2001年の集団暴行事件の加害者が通っていたB中学の校長を務めた経歴はなく(つまり加害側との責任関係はない)、A中学を2000年に卒業してから1年後に亡くなった青木くんとも接点がない。澤村教育長がA中学の「関係者」だったことは事実だし、責任逃れとしか思えない言動を繰り返す教育長の肩を持つつもりは毛頭ないが、それでも澤村教育長と11年前の事件を結びつけるには無理がある。

 片山議員本人に電話でこの点を指摘したところ、「見張り役の生徒がA中学というのは、A中学の関係者から聞いた話。関係者から聞いたら信じてしまう。確認して間違いなら訂正するが、澤村教育長がA中学の校長をしていた期間に11年前の事件の裁判が行われていたのは事実」という回答だった。片山議員はブログで「最近のメディアの探偵以上の探査能力?から垣間見られる、滋賀なのか大津地域なのかの教育風土なるもの、、かなりゆるいのではないか?」と言うが、こじつけや間違った情報を元に滋賀や大津をひとくくりにすれば、今回の事件の本質を見失いかねない。

  昨年10月に大津市で自殺した少年の遺族は、「何があったのか事実を明らかにして欲しい」と切実に訴えていた。その事実というのは、興味本位で暴かれる個人情報や歪曲されたストーリーではなく、この学校で「自殺するほどのいじめがなぜまかり通ったのか」ということだろう。追究すべき問題を、見誤るべきではない。

――編集部・小暮聡子

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米中貿易巡る懸念が緩和

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、米中貿易戦争巡る懸念和らぐ

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、米中貿易戦争巡る懸念和らぐ

ビジネス

米労働市場にリスク、一段の利下げ正当化=フィラデル
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇敢な行動」の一部始終...「ヒーロー」とネット称賛
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story