コラム

習近平とは何者なのか(3)

2011年02月03日(木)15時33分

*「習近平とは何者なのか(1)」はこちら。
*「習近平とは何者なのか(2)」はこちら。

 ウィキリークスが昨年末に公表したアメリカ国務省の外交公電の中で、アメリカ在住の中国人学者が中国次期トップ習近平の知られざる素顔を暴く証言をした。15年間にも及んだ交流関係を基に、かなり若いころから「きわめて野心的に」「『目標』を狙っていた」という習の知られざる一面を明らかにしたこの「教授」は、習ら太子党の驚くべきメンタリティについて実例を挙げて解説する。

 教授の眼に映った習近平像は、かなり徹底した実用主義者、現実主義者だ。習を突き動かすのはイデオロギーではなく、野心と自己防衛本能であり、あえて地方勤務という「回り道」を選んだその計算高さこそ、習のプラグマティズムの表れである。習の考え方に影響したのは、新中国建国に貢献した革命第1世代の息子としての血筋と、エリートである高級幹部子弟とともに隔離居住区で過ごした日々だった。

 心の底から自分がエリートであることを自覚している習にとって、共産党の指導力こそが中国社会が安定を保ち、国力を維持するカギだ。習は太子党こそが革命の成し遂げた業績の「正統な相続人」であり、「中国を統治する資格がある」と考えている――と、同じ環境で生まれ育ち、何年間も習と交流した教授は確信している。

 そして教授は、習と胡錦濤国家主席の間柄について驚くべき証言をする。今でこそ胡と対立するそぶりをまったく見せていないが、自らが真のエリートと信じるがゆえに、習は胡とは絶対に相容れない関係にある。父親が共産党員ではなくもちろんエリートでもなく、茶葉の販売をしていた胡のような指導者など「商売人のせがれ」に過ぎず、権力を握る資格はない――習ら太子党たちはこんな風にあざけっていたという。

 また習はいかに中国全土が汚職まみれになっていて、腐敗が中国社会の尊厳を損なっているかよく知っており、総書記になったら徹底的に汚職の根絶に乗り出すだろう、そのためには新興富裕層の犠牲すらいとわないかもしれない、と教授は語っている。

 中国13億のトップを「商売人のせがれ」と一刀両断するメンタリティこそが、太子党なる人々が今もなお中国を牛耳る力の源泉だ。徹底的な「汚職狩り」は、同じく太子党の重慶市党書記、薄熙来の一見時代錯誤的な「唱紅打黒(やくざを取り締まり、革命歌を歌う)」キャンペーンを連想させる。太子党的思考からすれば、古いも新しいもない「まっとうな中国」を目指す道なのだろう。薄がどこを向いてキャンペーンをしているかもよく分かる。

 一昨年2月、習は訪問先のメキシコで「腹がいっぱいになってやることがなくない外国人がわれわれの欠点をあげつらっている」と発言して世界を震撼させた。ただ教授によれば習の姉はカナダに、離婚した元妻はイギリスに、弟の遠平は香港に住み、それぞれ幸福に暮らしているため、彼自身は西側諸国にむしろ好感情を持っているはずだという。とすれば、「あげつらうな」発言は、誰かに聞かせるため、何らかの意図と計算をもってなされた「政治ショー」だった可能性が高い。

 習の私生活に関する証言についても紹介しよう。習は若い頃、仏教系神秘主義に傾倒しており、教授が習の勤務地のアモイを訪れたとき、気功や仏教系武術が健康にいいと力説した。健康のためだけなのか、本当に宗教として信じていたのかは分からない。ただ習のこういった超自然主義的な力に傾倒ぶりは、教授が驚くほどだったという。

 文革が終わった後、教授やほかの高級幹部の子弟が反動で映画や女性や西側の文学に耽溺したのと対照的に、習近平は女性と話すのも苦手で、酒も飲めず、もちろん薬物にも手を出さない硬骨漢ぶりを貫いた。教授から見て習の頭脳は「並」で、女性たちにとって習は「退屈な男」でしかなかった。習は計算高い人物だからといって冷たい男なわけではなく、外交的で世話好きな人間と考えられていた。そう考えれば、07年の共産党大会前に党内で実施された「人気投票」で、習が胡の子飼いの李克強を抑えて1位になり「胡後継」への足場を固めたのも、それほど不思議なことではない。

 極めて計算高い現実主義者だが、一方で外交的で世話好きな人物――鉄仮面の下の習の素顔は「体の大きな鄧小平」なのだろう。ただ鄧小平は3度失脚しても這い上がるしぶとさの持ち主だったが、習近平はむしろ「石橋を叩いて渡る」慎重さが目に付く。政治改革にはもとより期待できないが、といって鄧やかつての胡のように強権を発動する人間ではないのかもしれない。

 それにしても、これほど詳細な証言をする「教授」とは一体誰なのか。習近平だけはその正体を知っているはずだ。(終わり)

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

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