コラム

中国「村長謀殺事件」の大きな波紋

2011年01月02日(日)01時17分

 中国のネットは年末に浙江省で起きた「村長謀殺事件」の話題で沸き返っている。「地上げ」をゴリ押しする地方政府が、抗議する庶民のリーダーを不法に拘束するニュースは中国ではもはや日常茶飯事だが、それが「暗殺」となるとさすがに話は別だ。

 先月末、浙江省の東南部にある寨橋村の元村長、銭雲会(53)が道路で工事用作業車にひかれて死んでいるのが見つかった。銭は村長だった05年、村の土地の強制収用問題で村民を率いて地方政府に陳情して投獄。昨年出獄した後もネット上で地上げを糾弾していた人物だった。

 銭の死後、ネットでは「銭はウソの電話で呼び出された」「(銭がひかれるように)押さえつけた4人を見た証人がいる」という情報が飛び交い、事件の掲示板にコメントが殺到。事件を捜査している公安当局は会見で「交通事故に過ぎない。運転手はブレーキを踏んでいる」と、異例の釈明を迫られた。

 それでもネットユーザーの不信感は消えず、ついに学者らによる「公民独立調査団」まで結成された。ネット上で飛び交う証言の真偽は分からない。公安当局のスポークスマンは週刊紙「南方週末」の取材に「自分がひかれるかもしれないのに(村長を)押さえつけるだろうか」と、証言を否定している。

 この事件、日本のツイッターでも話題になっているが、議論は事件そのものより「なぜ日本の主要メディアがこの事件を記事にしないのか」という点に集中している。今や当事者でないので詳細は不明だが、以前新聞社に勤めていた人間の感覚からすれば、証言の信ぴょう性にまったく確信がもてないので、ストレートには記事にしにくい事件だと思う(年末年始で国際ニュースのページ数が減っていることも関係あるかもしれない)。
 
 それでも「4億人を超えた中国ネットユーザーの現実社会への影響力」という視点なら、決して記事にできない話ではない。ネットの力が現実社会を変え始めた中国で、この事件にとりわけネットユーザーが強く反応しているのは、何よりシンボリックな「1つの命」が失われたという事実が、リアルタイム性というウェブの特徴とピッタリ一致したから。彼らはこの事件が中国の現実を変えるさらなる突破口になると嗅ぎ取っているはずだ。

「中国ネットにとってエポックメーキングな事件になるかもしれません」――とデスクを説得してみてはどうだろう。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ソマリランドを初の独立国家として正式承

ワールド

ベネズエラ、大統領選の抗議活動後に拘束の99人釈放

ワールド

ゼレンスキー氏、和平案巡り国民投票実施の用意 ロシ

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏と28日会談 領土など和
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 8
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story