コラム

編集長対談・冷泉彰彦氏 その1「異議あり!『貧困大国アメリカ』」

2010年07月28日(水)09時00分

今月発刊された『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーションズ)の著者で、当サイトでブログを連載中の冷泉彰彦さんと本誌の竹田圭吾編集長が対談しました。その内容の抜粋を2回に渡って掲載します。1回目のテーマは「異議あり!『貧困大国アメリカ』」です。

reizei_taidan.jpg

竹田編集長(左)と冷泉彰彦氏(右)。東京・目黒の阪急コミュニケーションズにて(7月6日)


竹田)今回、様々なメディアで違うテーマで書いたものをまとめられていますが、その中で核に据えたテーマは何ですか?

冷泉)就任後のオバマ政権について、日本での関心がとても薄れています。これは書かなければいけないなと感じ、いくつかのメディアに書いたものをまとめてみました。もう1つには、堤未果さんの『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』(岩波新書)の中で、いくつか重要な指摘もあったのですが、オバマのアメリカもやはりダメだという断定がされていて、寂しく感じたことです。あれだけオバマの「チェンジ」が話題になったのだから、批判するにしてもオバマの業績をきちんと見た方がいい。そんな思いが強くありました。

竹田)オバマが大統領になってからの変化が日本に正しく伝わっていないということでしょうか?

冷泉)それは非常に強く感じました。景気悪化や原油流出など、アメリカ人はすぐに大統領にバッシングを浴びせますが、それでもオバマとミシェル夫人がホワイトハウスにいることは、アメリカの多様性を象徴する出来事としてアメリカ人は誇りに思っている。さらにオバマは金融危機で打つべき手を打ち、それなりの足跡を残している。その点がほとんど伝わっていないと感じました。

竹田)GM危機、アフガニスタン増派、医療保険改革・・・とオバマ政権下のアメリカは様々な問題に直面しましたが、何が一番日本に伝わっていないと思いますか?

冷泉)今の3つの問題はどれも大変重要ですが、3つとも正しく伝わっていません。例えばGM破綻に関しては、漠然とアメリカの自動車業界の調子が悪くてリーマンショックでとどめを刺されたとしか見られていない。オバマは「雇用を守る」と約束して、民主党の労組の支持を得て当選した。それでも最終的に破綻処理をしなければならなかった。大変な苦労をして、緻密に対処した。

 アフガニスタン増派にしても、どちらかと言えば戦争反対、平和主義の人たちに支持されて当選したけれども、大統領になって突然戦争をやめたら、それは保守派、軍部から許されない。ノーベル平和賞を受賞しつつアフガニスタンに増派する。やっていることは矛盾しているようでも、その苦悩をかなり誠実に背負っています。

竹田)『ルポ 貧困大国アメリカ』の、どこが一番実像を捉えていないと感じましたか?

冷泉)続編(『貧困大国アメリカⅡ』)で大きく取り上げられた奨学金の問題に関して言えば、アメリカの教育は確かに非常に能力主義だし学歴主義だけれども、その裏にはチャンスだけは平等に与えるべき、という思想がある。オバマ自身、小さいときにアフリカ系の父親と別れて色々と苦労しましたが、その後コロンビア大学に編入して、ハーバードのロースクールに進んで、のし上がっていく。そこには機会均等がある。アメリカ人はオバマのサクセスストーリーを、少なくともチャンスだけは公平にあることの象徴として捉えています。

 それを堤さん的な視点から、「これはファンタジーで、皆騙されて格差の中で甘んじて生きている」と冷ややかに見ることは可能です。ただ日本は今、格差が拡大しているのにアメリカのような機会均等、貧しいけれども才能のある学生を拾い上げるようなシステムは無い。アメリカの暗部だけを見て、「日本はアメリカ式に行くのはやめよう」というメッセージを出すのは誤解を招くと思います。

竹田)アメリカの負の部分だけを見ようという考え方が日本側にあるということでしょうか?

冷泉)堤さん自身もアメリカに若いときから留学して、機会均等には触れているはず。日本にまったく知られていないことは沢山あるので、そういった情報は伝えていくべきでしょう。例えば名門のプリンストン大学は、プリンストン大学で博士号を取得した人物を助教授、教授にはしない。純血主義では大学が退廃するからです。これは偽善ではなく、組織の停滞、保守化に危機を感じ、機会を広く与えていかなければ組織を維持できないと考えている。そこは学ぶべきだと思います。

竹田)堤さんの『貧困大国アメリカ』と今回の著書、両方を読んだ読者は、機会均等がアメリカにあるとしても、絶対的な貧困をオバマがどこまで改善できるのだろうかと疑問に感じるのでは?

冷泉)その点で言えば、医療保険改革法案を(議会で)通したことは画期的でした。これまでは、もしどこにも雇用されていない人が家族全員の医療保険に入ろうとしたら月に10~15万円かかるという無茶苦茶な制度でした。健康とか生命の問題から格差是正にオバマが取り組んでいるのは事実で、そこは評価しても良いのではないでしょうか。

竹田)日本では麻生太郎と鳩山由紀夫という2人の世襲政治家の首相が続き、いずれも政権運営に行き詰まりました。オバマとは対照的な2人で、日本社会での機会が制約されていることを象徴するような政治家でしたが、ではアメリカはあらゆる分野で機会が保障されていると考えてもいいのでしょうか?

冷泉)いいと思います。アメリカ政治ではリベラルと保守の価値観が常に衝突していますが、機会均等であるべきという点では両者とも共通している。例えば採用に応募する際に履歴書に写真を貼ってはいけない、年齢も書いてはいけない、というルールがあります。採用時に容姿や年齢で差別してはいけないという点は徹底されています。

(その2に続く)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:屋台販売で稼ぐ中国の高級ホテル、デフレ下

ワールド

メラニア夫人、プーチン氏に書簡 子ども連れ去りに言

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ安全保証を協議と伊首相 NAT

ワールド

ウクライナ支援とロシアへの圧力継続、欧州首脳が共同
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 4
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 10
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story