コラム

ブラウンはブレアにはめられた?

2010年03月09日(火)11時00分

 3月5日、ゴードン・ブラウン英首相が03年のイラク戦争への参戦決定のプロセスを検証する独立調査委員会の公聴会で証言した。この公聴会にはトニー・ブレア前首相も1月29日に出席し、参戦を「後悔していない」と自信たっぷりに語っていた。

 ブラウンも、ブレア政権時代のナンバー2として責任が追及されたうえ、戦死者の遺族からは財務相として「十分な資金を提供しなかったために、兵士を危険にさらした」との批判にさらされている。

 ブラウンは公聴会で自身の決定の正当性を主張したが、6月までに行われる総選挙への影響は避けられないだろう。一時期ほどではないにしろ、現時点では野党・保守党に支持率でリードされている状況は変わっていない。そもそもブラウンの証言は総選挙後に行われる予定だったが、委員会の予定変更によってこの日の登場となった。

 そんなピンチのブラウンを尻目に前日の3月4日、ブレアが自身の政治生活を綴った『The Journey』を9月に出版することが発表された。契約金は数百万ポンドにもなると言われる、ベストセラー間違いなしの回顧録だ。

 この回顧録、07年にはすでに出版が決定していたが、すでにそのときから今年の総選挙が終わるまでは発売されないだろうと見られていた。その理由の1つは、この回顧録では長年イギリスでは噂され続けてきたブレアとブラウンの「政権禅譲密約」について語られると見られていたことだ。

 野党時代のブレアとブラウンはどちらも83年に初当選した「同期」ということもあって、一時は事務所を共有するほどの盟友だったという。そんな2人が94年に当時の労働党党首ジョン・スミスの急死を受けて結んだとされるのが、噂される密約だ。当時は次期党首の最有力候補だったブラウンが党首選に出馬せず、ブレア支持に回るのと引き換えに、ブレアが政権を取れば2期目にはブラウンにその座を譲るというものだった。

 結局、この密約はブレアが2期目の途中で政権を譲らずにブラウンの不満を招き(07年には辞任してブラウンが跡を継いだが)、2人の間に確執を生むことになったと言われている。そのあたりの事情が、ブレアの回顧録でどう語られるのかは分からないが、実際にブレアはかつてブラウンと確執があったことを認めている。ブラウンも今年2月のテレビ番組で、密約の存在を認めた。

 10年にもわたって首相を務め、引退後も講演会に回顧録出版にとボロ儲けのブレアと、なんだか貧乏くじを引かされたような形のブラウン。さすがに密約を結んだ時点でブレアがこんな未来を予想していたわけではないだろうが、2人を見ているとうまく世の中の流れを自分の下に引き寄せられるかどうかも政治家の力量なのだと思わずにいられない。


このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、第3四半期は黒字回復 訴訟引当金戻し入れ

ビジネス

JDI、中国安徽省の工場立ち上げで最終契約に至らず

ビジネス

ボルボ・カーズの第3四半期、利益予想上回る 通年見

ビジネス

午後3時のドルは152円前半、「トランプトレード」
MAGAZINE
特集:米大統領選 イスラエルリスク
特集:米大統領選 イスラエルリスク
2024年10月29日号(10/22発売)

イスラエル支持でカマラ・ハリスが失う「イスラム教徒票」が大統領選の勝負を分ける

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはどれ?
  • 3
    リアリストが日本被団協のノーベル平和賞受賞に思うこと
  • 4
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 5
    トルコの古代遺跡に「ペルセウス座流星群」が降り注ぐ
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 8
    中国経済が失速しても世界経済の底は抜けない
  • 9
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 10
    「ハリスがバイデンにクーデター」「ライオンのトレ…
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の北朝鮮兵による「ブリヤート特別大隊」を待つ激戦地
  • 3
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア兵の正面に「竜の歯」 夜間に何者かが設置か(クルスク州)
  • 4
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 5
    目撃された真っ白な「謎のキツネ」? 専門家も驚くそ…
  • 6
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 7
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 8
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 9
    裁判沙汰になった300年前の沈没船、残骸発見→最新調…
  • 10
    北朝鮮を訪問したプーチン、金正恩の隣で「ものすご…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 5
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 6
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 7
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 8
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 9
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 10
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story