コラム

「借金大国ニッポン」をかすませる国家破産のリスク──世界の公的債務1京円の衝撃

2023年09月14日(木)15時25分

「安いマネー」の終わり

そして第二に、これに拍車をかけたのが膨大な民間資金だ。

中南米やアフリカの多くの国は1980年代にもデフォルトの危機に直面したが、この頃は先進国やIMFをはじめ公的な借入がほとんどだった。ところが現代では金融機関による貸付が途上国の債務のかなりの部分を占める。

例えばスリランカの場合、海外の銀行などからの借入は147億ドルにのぼり、公的債務の42%を占める。これは中国や先進国からの融資を上回る水準だ。

スリランカだけではない。国連によると、途上国・新興国の抱える公的債務の6割以上は民間資金だ。

こうした状況は、膨大な資金が市場に出回るなかで生まれた。

2008年のリーマンショックの後、先進国や新興国が集まるG20では世界経済を下支えするため、伸び代が期待されていた新興国への資金注入を増やすことが合意された。これと並行してアメリカは超低金利政策を導入し、有り余るほどのドルが世界中に拡散した。

このなかで投資だけでなく融資も急激に増えたが、金利の低さゆえに借り手も貸し手もリスク意識が低いまま、新興国を中心に資金が投入された。

いわゆる安いマネーの過剰流入は、表面的な景気の良さと「成長するグローバルサウス」のイメージを増幅させたものの、コロナ禍とウクライナ侵攻後の経済収縮とアメリカの金利引き上げをきっかけに急速に重荷になったのである。

日本にとってのリスク

デフォルトに直面する国では人々の生活も悪化しており、例えばガーナのインフレ率は42%を超えている。

債務危機の拡散はすでに国際的な議論の対象になっている。7月にパリで開催された世界金融をめぐる国際会議では、IMFが1兆ドルを新たに調達することや、世界銀行が地球温暖化などの影響で経済に打撃を受けている国からの返済を猶予すること、さらにデフォルトに陥ったザンビアの63億ドル分の債務返済のリスケジュールなどが合意された。

その一方で、返済の免除はほとんど議論になっておらず、時間がかかっても返済させることを前提にしている。IMFなどの新たな支援は、まず経済を立て直し、それから返済させることが目的だ。

貸付のかなりの部分を民間資金が占めていることもあって、債務免除は難しい。

貸した側からすれば、返済は当然だろう。IMFや世銀だけでなく、日中をはじめ多くの貸し手は債務免除について触れていない。

しかし、1980年代の中南米、アフリカの債務危機の場合、やはりIMFや世界銀行は「支援をむしろ増やすことで返済を可能にする」アプローチをとったが、結果的に1990年代半ばにIMFや世界銀行は債務を帳消しにせざるを得なくなった。デフォルトに陥った国の経済再建は容易でなく、その間の膨大な貸付は結局ムダになったのだ。

つまり、ただ「返せ」と言っても無意味なのであり、デフォルトに直面する国が債務返済できる状態にもっていけるかが、借り手の課題になっているのだ。

借金大国とはいえ日本がすぐにデフォルトに陥る兆候は確認されない。

その一方で、国内に世界屈指の債務を抱える日本は、国際的には指折りの債権者だ。

その意味で、世界に広がる債務危機で日本自身が破綻する可能性は低いとしても、決して無縁ではないのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アップル、関税で4─6月に9億ドルコスト増 自社株

ビジネス

英中銀は8日に0.25%利下げへ、トランプ関税背景

ワールド

米副大統領、パキスタンに過激派対策要請 カシミール

ビジネス

トランプ自動車・部品関税、米で1台当たり1.2万ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story