コラム

円安は財政健全化を後押しする

2023年09月05日(火)18時30分

日本の税収は過去最高で増え続けている……… Rodrigo Reyes Marin/REUTERS

<円安は「衰退日本の象徴」と強調するメディアもあるが、2022年以降の通貨安は日本経済全体にとって、依然としてプラスの影響が明確だろう。円安は「衰退日本の象徴」というよりは、途上にある日本経済の正常化を後押しする、最後の一押しであると位置付けられるだろう......>

為替市場において、ドル円相場は1ドル145円付近での推移が続いている。8月末には米国の経済指標の発表後に、一時1ドル147円台まで円安が進む場面があった。

2022年から米FRBの利上げや金利上昇で円安が進む度に、これが「日本円の価値(購買力)」の低下である点を強調するメディアは、円安が日本衰退の象徴であるとのニュアンスを醸し出し、「円の実力を高めるのが望ましい」などと主張する。

こうした論者は、理由は様々なのだろうが、日本のモノやサービス価格が諸外国対比で割安になっていることを心情的に許容できないのかもしれない。ただ、超円高が訪れた1990年代から長年デフレと慢性的な低成長に苦しんだ時と比べれば、通貨が安過ぎる(かもしれない)現在の方が、日本経済全体は好調だし安定する。

円安のポジティブな効果がある

実際に、2022年以降の通貨安は日本経済全体にとって、依然としてプラスの影響が明確だろう。製造業の生産指数は22年から総じて横ばいで推移しているが、円安で円ベースの売上が増えたので、日本企業の利益の増加基調は崩れていない。円安が進んでいなければ、製造業の利益は22年度には減益に転じていただろう。

経済が過熱してインフレが高まり過ぎる状況になれば、通貨安は、弊害の方が大きくなる。ただ、日本でも物価高が続いているが、高インフレ抑制に必死な米欧などとくらべれば、食料品など偏在的な物価高で説明できる日本のインフレ率は安定している。

また、賃上げ率がこの春に約30年ぶりの水準に高まるなど、多くの企業で長年続いたデフレが終わる世界を見据えた動きが始まった。インフレと賃金の双方が上昇するというのは、普通の国なら通常起こる事だが、日本では長年見られなかった経済正常化の動きである。

日本で起きた食料品やガソリンなどに偏った価格上昇は、2022年からの円安が後押しした。企業は、従業員の実質所得の目減りを補う必要に迫られ、23年から本格的な賃上げが始まった側面がある。この意味で、賃上げに踏み切れなかった企業行動を変えたきっかけの一つになった事も、円安のポジティブな効果と言えるだろう。

日本経済は、デフレを伴う長期停滞から抜け出しつつある

2%インフレの持続的な実現を目指す政府にとっても、2022年からの円安は、変動率が大きかった一時期を除けば、追い風と位置付けられているだろう。ドル高円安基調は1年半に渡り続いているが、急ピッチな金融引き締め下にあっても米国経済が急失速せずに、政策金利の高止まりが続く可能性が高まっていることが一番の要因である。経済とインフレのバランスを採るFRB(米連邦準備理事会)の金融政策運営が、総じて上手いっている事が大きい。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ビジネス

出口局面で財務悪化しても政策運営損なわれず、正常化

ワールド

焦点:汚染咳止めシロップでインドなど死亡数百件、米

ワールド

アングル:COP28、見えない化石燃料廃止への道筋

ワールド

OPECプラス閣僚会合、現行政策調整の可能性低い=

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:日本化する中国経済

特集:日本化する中国経済

2023年10月 3日号(9/26発売)

バブル崩壊危機/デフレ/通貨安/若者の超氷河期......。失速する中国経済が世界に不況の火種をまき散らす

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    エリザベス女王も大絶賛した、キャサリン妃の「美髪」6選...プリンセス風ブローから70年代スタイルまで

  • 2

    ワグネル傭兵が搭乗か? マリの空港で大型輸送機が爆発、巨大な黒煙が立ち上る衝撃映像

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    ウクライナ「戦況」が変わる? ゼレンスキーが欲しが…

  • 5

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 6

    広範囲の敵を一瞬で...映像が捉えたウクライナ軍「ク…

  • 7

    新型コロナ「万能ワクチン」が開発される 将来の変…

  • 8

    ロシア軍スホーイ戦闘機など4機ほぼ同時に「撃墜」され…

  • 9

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があっ…

  • 10

    ワグネルに代わるロシア「主力部隊」の無秩序すぎる…

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 3

    本物のプーチンなら「あり得ない」仕草......ビデオに映った不可解な行動に、「影武者説」が再燃

  • 4

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...…

  • 5

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 6

    これぞ「王室離脱」の結果...米NYで大歓迎された英ウ…

  • 7

    「ケイト効果」は年間1480億円以上...キャサリン妃の…

  • 8

    広範囲の敵を一瞬で...映像が捉えたウクライナ軍「ク…

  • 9

    ロシア黒海艦隊、ウクライナ無人艇の攻撃で相次ぐ被…

  • 10

    NATO加盟を断念すれば領土はウクライナに返す──ロシ…

  • 1

    イーロン・マスクからスターリンクを買収することに決めました(パックン)

  • 2

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務…

  • 5

    「児童ポルノだ」「未成年なのに」 韓国の大人気女性…

  • 6

    <動画>ウクライナのために戦うアメリカ人志願兵部…

  • 7

    「これが現代の戦争だ」 数千ドルのドローンが、ロシ…

  • 8

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 9

    ロシア戦闘機との銃撃戦の末、黒海の戦略的な一部を…

  • 10

    爆撃機を守る無数のタイヤ、ドローン攻撃に対するロ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story